Future Game

 

 澄み渡る青空の下、スパイクで地面を蹴り上げ―――まるで翼が生えたようにグラウンド中を駆け回る。一人ひとりの能力とその役割の下、ボールを繋いで、前へと足を進める。
 立ちふさがるのは屈強なライバルたち。その牙城を突き崩すためにぶつかりあいながら、フィジカルとコントロールでボールを奪い合う。
 聞こえてくるのはチームメイトと、観客たちの歓声。その声を全身で浴びながら、高鳴る鼓動を胸に、また一歩、グラウンドを駆け出していく。
 ボクはやっぱり、このスポーツが大好きだ。

「及川クン~? これ草稿上がってるから確認よろしく」
「あ、は、はい!」
 上司に言われてボク―――及川累次は、慌てて振り返る。いけない。また夢中になっていたようだ。受け取った資料を眺めながら、ボクはため息をついた。
 ここはスポーツ紙編集部。ボクはここで記者をしている。様々なスポーツ選手のインタビューや試合結果の原稿を纏め上げ、記事を書く仕事だ。いま一番人気の記事は、やっぱりサッカー関連の話だ。
 まだまだいっぱしのみならい記者だけど、形は変われど大好きなサッカーに携わることが出来たから、これからも全力で頑張るつもりだ。もちろん他の記事も大事にね。
 だけど最近はなんだか身が入らない。どちらかというと弱小気味のウチの新聞社だと、出来ることは限られている。きっともっとサッカーの取材をしたい! と己の身体が叫んでいるのかもしれない。
 しかしまあ、そういうわけにもいかない。仕事は仕事だ。ぼくはペラリと草稿を眺めながら席についた。
「またその記事眺めてる。それ発行二ヶ月も前じゃない」
「ええ~、でもこれは……」
 仕事に移る前にまたクリアファイルを眺めていたことを隣の同僚に指摘されて、口を尖らせる。デスク前に飾ってある、二ヶ月前にスクラップした表紙。
 その写真には、日本代表選手となった、かつてのチームメイトの姿が写っていた。
「友達なんです。高校からの」
 ぼくはポツリと、そう呟いた。現在は日本のエースストライカーであり、海外の強豪クラブで活躍している、かつての戦友―――吏人くんが、この号では大々的に特集をされている。
「へぇー。”LIGHTWING”天谷吏人がトモダチ、ねえ……」
「ああっ! ちょっと!」
 突然手にしていたものを奪われて、ぼくは思わず立ち上がった。同僚はそれを見て意地悪そうにニヤニヤと笑う。
「よ―売れたもんな、これ。こんときは、お前担当じゃなかったんだっけ」
「……そうですよ。悔しいですけど、編集長直々に行ってたので文句なんて言えませんよ」
 ぼくはデスクに肘をついて、唇を尖らせた。確かに記者の中ではぼくが一番の下っ端だし、仕方がないのはわかる。だけど何か納得いかない。
 この記事のことは覚えている。確か代表入りが発表された直後に出た号で、表紙と特集が組まれたやつだ。当時はまだ読者も少なくて、売れ行きもあまりよくはなかったけれど……今やそんな雑誌でも重版がかかるほどの人気ぶりだ。
 吏人くん、すごいなぁ……とボクが感嘆していると、頭上から声が聞こえてきた。
「おう、及川」
「あ、編集長。お疲れ様です!」
 振り返ると、編集長が立っていた。ぼくは思わず姿勢を正す。
「お前もそろそろいっちょ前になってきたな。今度コラム書いてくれや」
 編集長はそう言って上機嫌そうに笑ったので、ボクは思わず目をパチクリさせた。コラム……ということは、新しい仕事を任されたのだ。
「は、はい!」と元気良く返事をすると、編集長は去って行った。
―――やった!! 今までの苦労が報われたような気がして、ボクの心は高揚した。

 スポーツ雑誌の小さなコラム。そこに選手のちょっとしたプライベートな情報だったり、スポーツ界で話題のものの話などを掲載する予定らしい。相変わらずふわっとしすぎているけど、それでもぼくは心躍った。
 なぜなら、選手のチョイスに関しては特に制限はない、ときたからだ。
 こういう時、やはり売れ行きや話題性、スポンサーの加減で誰というのは概ね決まっているのだが、弱小コラムに関してはほとんどフリーに近い。それこそ記者としてのコネクションや力量が試される側面もあるのだが、ぼくは真っ先に吏人くんの名前を挙げた。
 久しぶりに、吏人くんと話してみたい。それだったら何処へでも行ってやる。
 しかしデスクはそれに反して妙に冷ややかだ。まあその理由もわかる。二ヶ月前の記事での吏人くんのインタビューは編集長直々に行ったものの、沢山の記者たちに囲まれて二番煎じのありきたりな質問しか受け付けてもらえなかったのだ。
 だから同じようになるに違いないというデスクの反応をよそに、ボクは「大丈夫です!」と念を押しながらクラブの許可証を取りつけた。
―――吏人くんに、会える!! ボクはその気持ちでいっぱいだった。

 それから一週間後。
「あ、そうだ。これ噂程度の話なんだけど」
 出かける直前、何故かデスクに呼び止められた。誂うでもなく何故か神妙な面持ちだ。
「最近、サッカークラブユースの選手を潰す謎のクラブがあるらしいよ。よく知らないけど」
 デスクの問いかけに、ボクは思わず振り返った。そんな話は初耳だった。
 ……いや、噂程度にしか聞かないのだから無理もないか。しかしそれにしても物騒な話だ。ユースはもうボクも吏人くんも関係ないはずなのに、潰すという単語で何故かボクは”何か”を連想してしまう。
―――あの、ヤギの目をした、悪辣な男の。
 まあそれ以上に、無いか。とは思うけども。でもなんだか妙な予感とともに体がゾクリと粟立った。
「及川クンも、狙われないようにね」
 一体何に関しての忠告なのか、デスクはそう言ってボクを送り出してくれた。

 そんなわけでボクは、吏人くんが居るというサッカークラブの練習場までやってきた。デスクの不吉な発言も確かに気になるけど、とりあえず今はインタビューだ。すっかり有名になった吏人くんに会えるのも楽しみだ。
 それにしても……何故だろう。入り口まで来たけども、全然それらしき人が見当たらない。中はサッカーボールを蹴る音が聞こえてくるというのに、だ。まあそもそもボクなんかに彼が会ってくれるはずもないので、探してもわからないかもしれないが。
 しかし、入口にやってきたときに、ボクはあることに気がついた。
―――この間取得した、関係者通行証が見当たらない。
「あれぇ……おかしいな、まさかスリにあったなんてそんな」
 そんなことはない、ここは日本だ。と自分でつっこみながらも、ボクはこの事態にさすがに狼狽した。困ったなあ。通行証がないとスタジアムに入れない。ボクに限ってそんなヘマするとは思ってなかったけど、どっかに忘れてきちゃったのかなあ。もしそうだったら責任重大だ。
 あーあ、また先輩から大目玉喰らうかも。そして挙句の果てに……サッカー担当から外されちゃうかも!?
 ……流石にそこまではないけど。でも、結構怒られるだろうな、とボクは涙目になりながらうなだれていた。どうしようかな。吏人くんに会うのはまたの機会にするしかないか。しかしせっかくここまで来たのだし、せめて一目だけでも見たいなあ。ボクは頭を捻らせながら、とりあえず中を探そうと思ってその場を後にした。するとその時。
「何してんだお前」
 聞き慣れた声と、肩までかかる長髪が目に入った。

 その長髪と、鋭い視線。ボクはすぐにわかった。高校のサッカー部先輩の、佐治さんだ。
「なんで佐治さんがここに!?」
「いやこっちが聞きてェよ」
 何故彼がココに居るのかは、全くわからない。選手でもないし、まさか卒業後このサッカークラブで働いているのだろうか。そんな噂も聞いてはいない。
 しかしどうやら当の本人も本意ではないようで、面倒くさそうに頭を掻いている。
「吏人くんに会いに来たんだけど……佐治さんは?」
「あーー……説明がめんどいな。まあだったら中で話すわ」
 そう言って佐治さんは、ボクを中へと案内してくれた。
 だけどボクは躊躇するように足踏みをする。
「あ……あの、実は」
 通行証が、と言いかけたところでその言葉は遮られた。
「あれ、及川」
「吏人くん!?」
 ボクの目の前に、”LIGHTWING”天谷吏人が姿を表した。

 クラブ内の食堂で、ボクと佐治さん、そして吏人くんが対峙する。
 通行証の件はなんやかんやで入れることになった。佐治さんの計らいだ。吏人くんもボクのことを覚えてくれていたようで、久々の再会を喜んでくれた。
 そうして、今は佐治さんの現在について話を聞いている。佐治さんは心底ダルそうに話を切り出した。
 ボクはその言葉に目を丸くする。
「ま、マネージャー……?」
「いや、ちげェんだよ。助けてくれよ。オレだって被害者なんだ」
 佐治さんはそういうと、隣の吏人くんを指さして眉を顰める。
「コイツが日本に来るたびにコトあるごとにオレを呼び出しやがるんだ。オレぁ別に関係者とかじゃねえんだぜ? こっちの気持ちも考えろよ」
 どうやら吏人くんが勝手に呼び出してなんかやってるみたいだ。高校のときは仲悪かったような気がしたから、意外だ。
「な、なんか大変なんだね……」
「そーなんだよ。おい、及川からもコイツになんか言ってやれ」
 そう言うと佐治さんはボクに発言を促してきた。いや、そう言われても。なんならちょっとうらやましいとすら思っているのに。
 しかし当の本人の吏人くんは一切気にしていないようで、いつの間にか注文していた軽食をもりもり貪っている。
「及川」
 吏人くんが顔を上げた。
「ここのラザニアはおすすめだぞ」
「全然聞いてないね」
 思わずつっこんでしまう。しかし吏人くんは特に気にすることもなく、また食事に没頭はじめた。佐治さんはそんな様子をみてため息をついた。
「ったく、コイツが日本代表じゃなかったらとっくにブチのめしてんだけどな」
 佐治さんはそう吐き捨てて、吏人くんの頭を小突く。しかし吏人くんは全く動じていない。
 その様子がちょっとおかしくて笑いながらも、二人が相変わらずのトーンでボクは少し安心した。吏人くんだって、J1から代表まで経て、なんか色々と変わっちゃってないか内心心配だったのだ。だけどそんな心配は無用で、なんなら、ちょっと眉間のシワがゆるくなったかな? とすら思って、ボクは嬉しかった。
 吏人くんは、やっぱり吏人くんだ。
「で、及川。なんかオレに用事があるんだろ?」
 唐突に吏人くんがそう話を切り出した。そうだった。ボクの目的は吏人くんに会うことだったのに、すっかり忘れていた。
 ……でも、こうやって対面してみたら別に改めて聞かなくてもいいかなという気分になってきた。好きなものとか、今ハマってることとか、今更聞いてもしょうがないし。吏人くんはそういうサッカー以外の事柄の関心が薄いことは、ボクが一番知っている。
 だから、まあこの話になってしまうのは必然か。ボクは意を決して、口を開いた。
「最近、クラブユースの生徒たちを潰す団体の話、知ってますか―――」

 ボクの切り出した話に、佐治さんと吏人くんはやはり驚いたような顔をしていた。無理はない。未来ある若者を潰しにかかる人物なんて、心当たりしかない。高円宮杯でボクらの前に立ちふさがり、なおかつ吏人くんのトラウマである悪魔のような男。―――心亜。
 あの時、完膚なきまでに打ち砕いたというのに、またどこかで吏人くんを狙うのだろうか。ボクは怖いような、怒りのような複雑な感情で拳を握りしめる。
 しかしそんな様子のボクとは裏腹に、佐治さんはあっけらかんとこう言った。
「でもよぉ、それって単なる噂なんじゃねェのか?」
「そうかもだけど……」
 ボクは閉口した。噂、そう。確かにこれは噂でしかない。
 そうじゃなくてもユースを辞める人間なんてごまんといる。セレクションに落ちたり、様々な事情が絡んだり。その人々の中に、潰されたと認識している人をしらみつぶしに調査するだけでも途方に暮れるだろう。以前は派手にやっていたのですぐ判明したが、こうなると本当かどうかすら闇の中だろう。
 だけどボクは確信していた。これは絶対、ただの噂なんかじゃない。この先、確実に何か良くないことが起きるに違いない。
――—しかし、そんな予感を他所に吏人くんはしばらく考えたのち、剣呑な目でこちらを見つめて口を開いた。
「立ちはだかったら、倒すだけだ」
 その鋭い眼光に、ボクは思わず息を飲んだ。そうだ。彼はそういう男だった。やっぱりいつもの吏人くんだ。そう思うだけでなんだかとても安心する。
 隣の佐治さんはやれやれといった表情を浮かべる。そんな様子を見て、ボクはまた微笑んだ。

―――すると突然、部屋のドアが開いて二人の男女が飛び出してきた。
「話は聞いたぜ、少年」
「万玖波さん!?」
「話は聞いたよ及川くん!!」
「柚絵さん!? なんでここに!?」
 突然の来訪に、ボクは思わず素っ頓狂な声を上げる。元サッカー部マネージャーの蘭原柚絵さんと、高校の時一戦交えた”冒険家”の万玖波海さんだ。
 彼はともかく、柚絵さんはどうして!? とボクが驚いていると、柚絵さんは誇らしげに胸を張りながら不敵に笑った。
「ふっふっふ、驚くなかれ及川くん。吏人くんがこのチームに入るというタレコミをもらって、事前にマネージャーに就任させてもらったの!」
「ええー!?」
 ボクは驚きの声を上げる。しかし、よく考えたら柚絵さんは吏人くんの大ファンだ。その彼が所属チームに入るという情報を聞けばすぐに駆けつけるだろう。しかしまさか、所属クラブまで駆けつけるとはこのボクでも予測できなかった。
 でも……確かに、よくよく考えてみたらコネありそうだもんね柚絵さん家……。
「もっちろん、きちんとスポーツ科卒業の実績もあるあたしの活躍を楽しみにしてね!」
 柚絵さんは満面の笑みで、ピースサインを作る。……ボクじゃなくて、吏人くんに向かって。
 吏人くんはというと、やはり特に反応はせず淡々としていた。
「アイツに関してはうちの真っちゃんが世話になったからね。私もちょうど探してたところなんだ」
 万玖波さんが徐ろにそう話を切り出すと、被っていた帽子をクイとあげてボクに目配せをした。
「どうだい? 少年。冒険してるかい?」
「テメーは冒険しすぎ。ウチのチームじゃねェくせに」
 佐治さんがすかさず万玖波さんに突っ込んだ。しかし彼は「おや、移籍の下見に来るのもダメなのかい?」と悪びれてすらいない。なんか、やっぱり変な人だなぁ。
 しかし、万玖波さんも”彼”を探していたとは思わなかった。元チームメイトである真くんの為にとは、意外と義理堅い側面を見た気がしてボクは少し意外だった。
 ちなみに、真くんはあのあと心折れること無く今も別チームで頑張っているのは知っている。もうあんな悲劇は、二度と繰り返したくない。
 ぼくが万玖波さんに目配せをすると、同じ気持ちなのか万玖波さんは静かに頷いた。
 そうしてボクが口を開きかけたその時、部屋に突然一人の男が飛び出してきた。
「ちょっと待て! オレも忘れてもらっちゃ困るぜ」
「来栖さん!?」
 そう、表れたのはヴェリタスユースで戦っていた来栖さんだ。相変わらず飄々とした態度でボクの隣に座ると、ニヤリと笑ってボクに耳打ちした。
「お前記者やってんだって? 吏人なんて無感情ヤロー取材するよりオレのほうが……って聞けよ!!」
 ……いやまあ、気持ちはわかるけどね。と思いつつも来栖さんの打診は無視して話を続ける。
 賑やかにしていると、吏人くんの背後に大きな人影が現れた。同じくヴェリタスユースのAチームのエースでもあった、今泉健太さんだ。
 大きな影に気がついた吏人くんが、顔を上げる。
「お、健太。お前も気になるか」
「お前が再び狙われてるとしたら、今度は……護る」
「ヘヘッ、そりゃ頼もしいな」
 吏人くんがそう言うと、彼はゆっくりと頷いた。
「なになにー? みんな勢ぞろいしてさっ」
 陽気な声が聞こえて振り向くと、ポニーテールの男が話しかけてきた。ええとたしか……市立ではなく私立帝条高校のエースだった京介さんだ。
 隣にいる黒髪の人は、鳴路くん……かな。
「……うわ、また佐治さん呼ばれてる。大変ですね」
「うるせェ。てかややこしくなるから来んな」
 佐治さんが面倒そうにシッシと鳴路くんを追い返した。
 それはそうと集まる人がすごいことになってきた。ある程度詳しいボクはドリームチームだ! と沸き立ったけど、なんだかだんだん収集がつかなくなってきた。早く話を終わらせないと。
 しかしそんなボクの切なる願いは、柚絵さんの鶴の一声によってかき消された。
「及川くん、記者やってるの? すごーい!」
 来栖さんの話を聞いていたらしい柚絵さんが目を輝かせた。それを皮切りに、色んな人から矢継ぎ早に言葉が飛び出してきた。
「えっすげーじゃん! オレとメイジ特集してくれよ」「タイトルは万玖波海のロマンス冒険譚、ってのはどうかな」「だからオレをインタビューしてくれよ」「……」「料理系の連載とかしてくれますか」「もしかしてあたしも出来る? 吏人くんの推し活日記作りたいー」
 どうしよう、完全に収集がつかなくなってしまった。まさに混沌である。ボクはしどろもどろになりながら、なんとか言葉を絞り出して叫んだ。
「じゅ、順番で!! 順番でお願いしますー!!」

「結局、心亜の情報は、ナシ……か」
 クラブの屋上のフェンスにもたれかかり、ボクはため息をついた。
 あれから様々な人と話し、手あたり次第心亜のことについて聞いて回った。しかし皆、彼のことなど知らないという。やはり噂は噂でしかないのだろうか。それならばいいけれど、とボクは一人ため息をついた。
 ここからはグラウンドが良く見える、今はクラブでトレーニング中なのだろう。吏人くんは室内練なのか見当たらないけど、先ほどのみんながワイワイと楽しそうにトレーニングをしている姿が見える。いいなぁ、やっぱりサッカーが好きだなあ。と半分羨ましさも含めてボクはぼんやりと晴れた空を仰ぎ見た。
―――その時だった。
「ヤァ、久しぶりだね”沈まぬ太陽”及川クン」
 劈くような凍りつく声。思わず声のした方を振り返ると、そこには先ほどまでいなかったはずの人影が立っていた。
 白髪にヘアピン、そしてギラリと光る山羊のような目……心亜だ。ボクは思わず息を飲んだ。彼は以前のような余裕の笑みを浮かべるとゆっくりとこちらに近づいてくる。
「どうして……ここに……」
「ああ、コレをね、拾ったんだ。ちゃんとお返ししてあげないとね」
 そう言うと心亜はボクの名前が書かれた関係者通行証を手渡してきた。失くしていたはずなのに、どうして彼が持っているのだろう。大量の疑問符を浮かべるボクに対し、彼はさも当然かのように口を開いた。
「なんか嗅ぎまわってるみたいだけど、ムダだよ。ボクはなーんもしてない。人聞きが悪いなぁ」
 心亜はそう言って高らかに笑った。
「ま、辞めていった奴らなんてどうせ雑魚ばっかだよ。気にするだけ無駄じゃん」
 その態度に悪びれる様子は一切ない。ボクは思わずカッとなって彼を睨んだ。しかし心亜は意に介した様子もなく、手をヒラヒラさせながらボクの隣を陣取った。そしてボクが握りしめたままの関係者通行証を指さしながら話を続ける。
「小物ばかり飽きた、やっぱり大物がいいなァ。今度、そう今度こそ吏人を―――完膚なきまでに叩き潰して、ね」
 心亜はそう呟くと、恍惚とした表情で空を見上げた。その粘着質な瞳には、なんだか狂気にも似たものを感じる。ボクが思わずゾクリと身震いして後ずさりをすると、心亜はケタケタと笑い出した。
 最悪だ。ボクが勘ぐっていたせいで、みんなを危険に遭わせてしまった。あの心亜がまさか本当に復活していたなんて。
 そしてその男は今、吏人くんを直接潰そうとしている。勿論負けるとは思っていないけれど、心亜自体のオーラや威圧感は以前よりも何倍にもなっていて、もしかしたらと最悪の展開が頭をよぎる。
 どうしよう、このままだとまた吏人くんが狙われてしまう。とボクは自分の不甲斐なさを悔いた。

―――しかし、その時。屋上の向かい側で何かが光ったかと思うと、鋭い光線がこちらに放たれた。ボクは思わず目を閉じる。そして衝撃に耐えるために身体を縮こませた。
 だけどその光はボクに届くことなく、代わりに派手な音を立てて弾けた。恐る恐る目を開けるとそこにはサッカーボールが一つ転がっていて、そのボールを投げたのであろう少年がこちらを見て立っていた。
「ドロボーなんて、随分と小せェことしてるじゃねェか。以前までのお前はどうした?」
「吏人くん!!」
 ボクは思わず叫んだ。心亜は、突然現れた吏人くんを見て目を丸く見開いた。しかしすぐにその目は細められ、まるで獲物を見つけた獣のような鋭い目つきに変わる。
 そして彼はゆっくりと口を開いた。
「吏人オ……!! お前と戦うその時を、待っていたんだァ……。さっさとブチのめされて這いつくばり、その翼が折れる様を見せやがれェ……!!」
「フン、いくらでもかかってきやがれ」
 飄々とした態度で吏人くんはそう言い放った。そうしてボクのほうへゆっくりと歩み寄ると―――ボクの肩を掴んで、不敵にニヤリと笑った。

「及川ァ、またアイツぶっ飛ばすぞ」

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