「だからさー、しばらく泊めてよ。帰国してる間だけでいいから」
「却下」
刻阪楓からの言葉に、谺夕子はため息をついた。楓からの突然の電話は大抵ろくなことがないな、と夕子は今までの思い出が走馬灯のように蘇ってきた。
楓とは音大からの友人ではあるが、彼女のすることはとにかく破天荒で、理解しがたい。海外へ渡ったら多少大人しくはなるかと思ったのだが……このザマである。
「なんでさー」
電話越しに、楓が文句を垂れる。夕子は再び長いため息をついた。
「そもそも泊まるスペースなんてないし、大体、貴方には立派なご実家があるでしょうが。響くんにも顔出さなきゃ顔忘れられちゃうよ?」
帰国するなら実家へ泊まればいいものを、わざわざ一人暮らしの1LDKに泊まる理由など無いはずだし、そもそも布団も予備のものなど無いのだ。楓もそれがわかっているでしょ、と夕子は念押しをするように答えた。
「んー、まあ実家は顔出すけど、寝る場所とか残ってるわけないじゃない。それに最近響もそっけないしさー」
「スペースないのはこっちも同じなんだけど……せっかくだしホテルとか取りなさいよ」
「嫌だー飽きたもん」
「はぁ……」
自分はホテルに泊まるのはわりと好きだけど、帰国するたび毎回だとそういう感覚もあるのかな、と夕子は思った。
「それにさ……」楓は続けた。
「……?」
「夕子、別に満更でもないって声色だったけどなー」
そうイタズラそうな声で囁く楓に、夕子は不意打ちで顔を赤くした。
「は、はぁ!? そんなワケないじゃん。なんでアンタなんかに期待すんのよ」
「相変わらずツンデレなんだからー。ほんとは嬉しいくせに」
「んなわけないでしょ!?」
「またまたぁ、最近私が忙しくて寂しかったんじゃないの? 今なら楓様とイチャイチャし放題! これ以上オトクなキャンペーンはないはずだよ!」
夕子はみたびため息をついた。そこまで自信満々に言えるのもすごいが、自分がイチャイチャすること前提に考えているのも若干心外だ。楓には自分がそういう風に見えているのだろうか。
そして、もうきっと彼女の中では自分の家に泊まることは決まっているのだろう。楓がこうなったらテコでも動かないのは、長年の付き合いで身にしみてわかっていた。
「……で、何時に来るの? 鍵開けて待ってる」
そう答えると、受話器の向こうで明らかに嬉しそうな声色で「やったぁ」と聞こえたような気がして、そのあまりの正直さに夕子はすこし頬が緩んだ。
「あたし夕子のご飯が食べたいなぁ」
「もう最近はラーメンしか作ってないわよ」
「えーじゃあラーメンでもいい。EU圏内に美味しいラーメンあんまないし」
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