入口に二体。奥の船室に五体。
うるさいほど存在感を示す目標の海賊たちの気配とともに、見慣れた仲間の気配がひとつ。
その取り巻きたちは、大勢で取り囲んでいるだけでおそらく個々の戦闘力は大した事ないだろう。ということもぼくには”感じ取る”ことができた。
そうなれば、やることは一つ。船首の物陰に隠れて拳を軽く握りぼくはそのまま甲板に飛び出した。
―――ヘルメッポさんが敵船に捕縛されたという情報を受けたのが数時間前。
本部でその報告を受けたとき、自分の耳を疑ったが、どうやら本当のようだった。
決して、彼が弱かったわけではない。それはなによりぼくが一番よく知っている。きっと何かがあったんだ。そうでなければ、彼が捕まるなんてことがあるはずがない。
ぼくは任務もそこそこに、単身で海賊船へと侵入をした。
あまり隠密は得意じゃないから、堂々と甲板の前へと姿を現す。
「そこまでです」
「何だァお前!?」
見張りの海賊たちはこちらを振り向き、海兵であるぼくを見た瞬間声を荒げながら手元の剣を抜いた。
海軍とあれば見境ない様子からも見るに、ここでヘルメッポさんを捕らえているのは間違いないのだろう。
まずは手近の甲板にいた海賊を、走り出した勢いに任せてぶん殴った。
「剃」を使うまでもない、一撃で昏倒させればもう十分だ。その意志を込めて殴りかかると、海賊は情けない声を上げながらもそのまま尻もちをついてその場に倒れ込んだ。
あっという間に甲板に転がったその身体を容赦なく踏みながら、ぼくは船室へと足を運ぶ。
しかし、その前にもう一人もすぐそこに来ているのが見えたので、隙をついてそいつの胸ぐらを掴む。カランと音を立てあっけなく転がった剣を足で蹴りながら、そのまま甲板の縁へと叩きつけた。
あと一歩で海へと落とせるところまで身を乗り出して、その顔を睨みつけた。追い込まれた下っ端の海賊が、胸ぐらを掴まれながら苦し紛れの下卑た声をあげる。
「……ふ、復讐に来たのか? たった海兵の一人なんざ……見捨りゃいいじゃねぇかっ……」
それを聞いてぼくは捕らえた海賊を見下ろしながら、静かな口調で答えた。
「……そういうわけにはいきません」
―――静かに答えたつもりだったけど、一瞬言葉を詰まらせて開かれた瞳孔を悟られたのか、しめたとばかりに男は口元をニヤリと綻ばせた。
「何だァ……図星か? 甘チャンしてっといつか身を滅ぼすぞォ?」
「黙れ!!」
反射的に叫んだが、男はまるで愉悦といわんばかりの下品な笑みを止めなかった。
不覚だった。相手の挑発に激昂してしまうなんて。思わず下唇を噛み締めて、ぐぐ、と握る手と反対の拳に力を入れ直す。
ぼくが動揺してしまったのは、図星というよりも―――。
「海軍」が内包する組織としてはその通りにすぎないからだ。
一人一人の海兵の命なぞ、塵に等しい。弱いやつは淘汰されるし、戦いから背を向ける者など、要らぬと言われる。
それこそ敵に捕まるなんて愚の骨頂なのだ。
『”生き恥”をさらすな』
煮えたぎる拳を抱える大将の声が脳裏に響く。今は元帥の座に就くその男がいる限り、海軍は以前と泰然変わらず、人質などにされていてもその存在ごと容赦なく銃口を向けるだろう。
海兵の生死など、作戦を遂行するのに一抹の支障をきたすか否か、ただそれだけなのだ。
だけど。
ぼくは嘲り笑う海賊を再び睨みつける。
「ぼくは―――海軍将校を全うする人間です。仲間を見捨てるような真似は絶対にしません!!」
そう言い放ち、握りしめた拳を男の鳩尾へと突き立てた。
甘くてもいい。たとえ助けることが良しとしなくなっても―――ぼくはいつも隣にいたかけがえのない仲間を守りたいのだ。
◇
気絶した見張りの海賊は、そのままゴロゴロと足元へと転がった。
最初に見通した通り海賊たちはそれ以上出てくる気配がなかったので、ぼくはそのまま船室の前へと足を運び、扉を蹴破った。
おかしいな、どうにも怒りが収まらない。冷静にならないと。そう己を戒めつつもぼくは目の前にある現状を整理した。
船室は見通していたよりも広かったが、貯蔵品ともいえる大きな木箱が所狭しと積まれていた。ここは倉庫のようだ。その中では先程よりも屈強そうな海賊たちが思い思いの場所で立っており、こちらをギロリと睨みつけている。先ほどとは雰囲気も威勢も違う。まるでなにかの号令を待っているかのようだ。
そして海賊たちが取り囲む中央の柱には、縄で縛られたヘルメッポさんが力なく項垂れていた。
「海軍が来たぞ!!」
ぼくがそれを視認した瞬間、海賊たちが声を上げる。ヘルメッポさんも気がついたようで顔を上げて目を見開いていた。
待ってましたと言わんばかりに戦闘態勢を取る海賊らを尻目に、その中でも一層大柄な男が高笑いをしながら話し始めた。
「フン、見たところ若ぇやつだな。まさか単身で乗り込むとはなぁ、しかしまぁまた海の藻屑が一つ増えたってワケか」
「ヘルメッポさんに何をした!」
「それはなぁ坊っちゃん、オトナの商談ってやつだよ……へへへ」
不快な口ぶりで男がそう答えると、ヘルメッポさんのところへ近づいて彼の長い髪を粗暴に掴み、まるで突き出すかのように引っ張った。
「ぐっ……!」
ヘルメッポさんは痛みに顔を歪ませていたが、やはり力は入らないようで抵抗なくそのまま頭を垂れた。
男は続ける。
「そうだ、ちょうどいい。おれらぁ軍の所持している”実”の情報を訊きたかったんだが、コイツはどうやっても吐きやがらねぇみてぇでさ。お前が教えりゃ開放してやるよ」
「何だと……?」
数日前に海軍が新たに確保した悪魔の実。奴らの狙いはそれか。
「乗るなコビー! おれのことはいいから……逃げろ……」
ヘルメッポさんが微かな力を振り絞るように声を荒げたのが聞こえた。
それに気がついた男が苛立ったようにヘルメッポさんの顔を膝で蹴り上げ、ガシャン、と軽い音を立てて彼のしていたサングラスが床に転がる。
「うるせーな、逃げられちゃァつまんねェだろ?」
「やめろ!!」
「まだオイタが足りねぇみたいだなぁ。海兵さんよ」
ぼくが制止する声もまるで聞こえていないように、男は彼の髪を再び掴んで持ち上げた。
「ぐっ……んんっ……」
「ヘルメッポさん!」
「またさっきみたいに辱められたいかぁ?」
舌舐めずりをしながら男は笑った。そうすると他の奴らも同調するようにニヤニヤと笑い出した。その異様な光景にぼくは少したじろいだ。
「辱め……!?」
ヘルメッポさんのほうを見る。
先程はサングラスで見えにくかったのだが、ヘルメッポさんの顔はまるで熱があるかのように真っ赤に染まっていた。
「……!!」
「へへ、ちょっとな。ホントは力を抜かせるためだったが、まさかあんなに効くとはなぁ」
そう言って海賊たちは、にたにたと笑って彼のズボンへと手をかけた。
「やめろ、やめてくれ……あっ……や……っ」
ヘルメッポさんの懇願する声も虚しく、弱々しい声が彼の口から漏れ出した。男の手は慣れた様子でそれを下ろすと、露わになった肌をいやらしく撫で回した。
「ん……あ……っ」
「ほらな? なかなかいい声で啼くもんだろ」
「……ッ! この野郎!!」
男が自慢げに言い終わる前に、ぼくは思わず地面を蹴り出していた。
◇
怒号が止み、静かになった船室を眺めながら、ぼくは奪われていたヘルメッポさんの刀を拾いあげた。
先程まで下卑た笑みを浮かべていた海賊たちは、もういない。一人残らず倒してしまったからだ。
ククリ刀でヘルメッポさんの縄を切ると、彼の身体はそのまま前へと倒れ込んだので、ぼくはそれを抱きしめるように肩口で受け止めた。
「大丈夫?」
「ん……っ……いいって言ったのに……」
身をよじらせながら精一杯ぼくの腕から抜け出そうとするヘルメッポさんを、更に強い力で抱きしめた。
ぼくは脱がされていた彼の下腹部をそっと戻しながら、口を開く。
「ごめんね、でもどうしても諦めきれなかったんだ」
「なんだよ、それ……ッ!」
少しだけ呆れたように聞き返すヘルメッポさんを抱え、ぼくは続ける。
「……海軍に居る以上よくないことだってわかってたんだけど、ぼくは友達を諦めきれなかった。……大切な友達を失ったら、ぼくがぼくで無くなっちゃうから―――だから、ぼくは友達のためなら何だってするし、ちゃんと守りたいんだ」
「コビー……」
「待ってて、なんか探してくる」
心配そうなヘルメッポさんの肩を叩き、ぼくは周囲を見渡してなにか無いか探した。
貯蔵庫であるこの部屋には様々なものが所狭しと並んでいるが、今の状況を解決するようなものは見当たらなかった。
「解毒……はないか。せめてなんか薄められれば……」
そう思いながら探していると―――天井まで積まれている大きな樽が目に入った。
そして、そこに貼りつけられた紙には”WINE”の文字が光った。
……お酒かあ……。と、それを見てぼくは一瞬ためらう。
だけど、この状況を打破できる可能性があるなら何だっていい。とぼくは思い、その樽に手を伸ばした。
樽の蛇口を捻るとラベル記載通りの赤黒い液体が流れてくる。ぼくはそれを掬って口に含んだ。
そのまま急いでヘルメッポさんの下へ行き、軽く押さえつけるようにしながら口付け、流し込んだ。
「んん……んうっ……」
一口目はむせてしまったようで、ヘルメッポさんは咳き込んで含んだ酒を吐き出した。
「だめ、ちゃんと飲んで」
「ケホッ……お前無茶苦茶だ……っ」
「言ったじゃない。ぼくは友達のためなら何でもするって」
ぼくは再びヘルメッポさんの唇に自分の唇をあてがい、舌を差し入れて二口目の液体を少しづつ流し込んだ。そのうち観念したかのように、喉がコクンと動いたのを確認したのでもう一口と繰り返す。
もう周りのことなんて見えちゃいない。ぼくは目の前のヘルメッポさんの処置に集中した。
「……どう? そろそろ」
毒薬を薄める処置としての適量はわからないが、十分に飲ませたと判断したぼくはヘルメッポさんの様子を訊ねた。
ヘルメッポさんは顔を赤くして荒い呼吸を繰り返していた。体が熱くなっているのか、額には汗が滲んでいる。乱れた髪の毛が貼りついていて、ぼくはそれを剥がしながらヘルメッポさんの頬を撫でた。
一緒に口に含んだ影響か、ぼくも意識が少しぼやける。
「やっぱり本部に戻ってからやったほうがよかったかなぁ」
ふらふらする意識を取り戻しながら、ぼくはヘルメッポさんの様子をまたちらりと見やる。ヘルメッポさんは下を向いたまま動かない。きっと自らの衝動を抑えるのに精一杯なのだろう。
「……それとも」
ぼくは少し思案したのち、ごくり、と息を呑んだ。
動かないヘルメッポさんの下腹部の股あたりが、服の上からでもわかるほどに膨らんでいる。
―――あの海賊たちは力を抜く薬だと言っていた。だが、それ以上に副作用として辱めを受ける何らかの作用があるとすれば、いくら「そういうこと」に疎いぼくでも想像に難くない代物であることは理解していた。
ぼくの予想が合っていれば、きっとこの毒の解毒法は―――。
そこまで考えて、ぼくは一旦思考を止める。
ああダメだ。今は邪なことは考えてはいけない、彼を助けるためなんだ。そう言い聞かせるように自らを律し、再びヘルメッポさんの頬に触れた。
火照って熱くなっているその頬をなぞると、彼のきつく閉ざされていた瞼が開かれた。
「ヘルメッポさん! 目が覚めたんだね」
ぼくがそう答えると、ヘルメッポさんは熱に浮かされたようなぼうっとした表情でぼくの目を見た。そして、おもむろに口を開いた。
「こ、こびー、」
「ごめん、ホントは真水のほうがいいけど……気分はどう? まだ足りなかった?」
ヘルメッポさんは呂律が回っていないまま、潤んだ瞳でこちらを見上げている。
赤く染まる頬に乱れた髪、そしてその懇願するような目にぞくりと背筋が震え、どくんと心臓の鼓動が聞こえる。湧き上がる情動の中、必死に理性を抑えていると―――ヘルメッポさんが突然ぼくの両頬を掴み、顔を近づけてきた。
「え、ちょっとまだ水飲んでな」
言い終わる前に腕を回され、ヘルメッポさんに誘われるがまま再び唇を奪われた。舌がふれあい、水音と、生暖かな感触がぼくの口腔を支配していく。
医療行為としての口移しではなく、友としての愛情を超えた色と情のこもったキスに思わずぼくの思考が停止してしまう。
「っん……、はあっ……」
「……ん……ちょ、ちょっと……!?」
解放された直後に思わず声が出る。
肩で息をし、目をとろんとさせた目の前のヘルメッポさんは次第にぼくの胸に顔を埋めるように身体を預けた。そのまま震える手で、ぎゅっとぼくの服を握り締める。
「わるい、な……こびー。おれ、おまえ……に、さわってるの、きもち……よく、て」
ヘルメッポさんはうわごとのようにそう言ったあと、ぼくの耳元で熱い吐息を漏らしながら続けた。
「もっと、さわって、ほし、い……もう、ほかのやつ、にさわられるの、いやだ……っ」
「え、あ」
「おねがい……こびー……」
その言葉を聞いて、ぼくは自分の心臓が跳ねるのがわかった。身体が熱いのはお酒のせいか、それともヘルメッポさんから伝わる熱なのか。
友達としての枠を越えた触れ合いに、ぼくの理性は保ちそうになかった。―――もう何が何だかわからない、次第に頭が真っ白になっていた。
「……後悔しても、知らないからね」
ぼくは気がついたら、その感情を口に出していた。
◇
こんなことになってしまったのは、きっと薬のせいなんだ。
「ホントにいいの……? ……ここじゃもしアイツらが起きてきたら……」
「い、いい……から……っ! いっそ、みせつけてやろーぜ、……な……へへ」
ヘルメッポさんは挑戦的に嗤う。それを聞いて、ぼくは素直に頷くことしかできなかった。
「う……うん、わかったよ」
……ほんとうに良かったのだろうか。ぼくは未だに自問自答をくり返ししながら、ヘルメッポさんを優しく抱きしめ返した。
ぐしゃぐしゃになっていたブロンドの髪を指先で梳いていくと、ヘルメッポさんは安心したように目を伏せこちらへと身体を預けてきた。
その様子はまるで懐いてきた大型犬のように愛らしいんだけども、それを言うとヘルメッポさんはいつも怒るのでぼくは言葉にはしない。触れるたびに一瞬ヘルメッポさんの身体が強張り、肩口から怯えているような声が聞こえてくるが、それを上書きするかのように優しく撫でると少しずつ力が抜けていくのを感じた。
「あっ……はぁ、あ……っ」
「大丈夫? 痛くない?」
「ん……や、ちがう……っ」
ぼくは下腹部に視線を移す。
刺激を受けて徐々に勃っていくそれを慰めるように優しく撫でてあげると、ヘルメッポさんは首を横に振りながら両腕をぼくの首にまわしてきた。
「……ん、きもちいい……」
耳元で囁かれる声に背筋がぞくぞくした。先ほどとは違う刺激を与えられて、感じているようだ。触るたびに甘くしなる身体がいやに煽情的で、冷静でいようと決めていたのにぼく自身に少しずつ余裕がなくなっていくのを感じていた。
再び隊服のズボンに手をかけ、下着ごと脱がした。外気に触れたヘルメッポさんの太腿がビクリと震える。
張りつめていたそれは今まさに爆発しそうなほど大きくなって、先から液が漏れ出していた。
「いくよ……」
「ん……っ、はやく……っ」
急かされるように促され、ぼくは彼のものを包み込んだ。
上下にゆっくり動かしてあげると、ヘルメッポさんは吐息と共に艶かしい声を上げた。
「あっ……ん……っ」
ちょっと扱くだけで快感が直に伝わってくるのか、ヘルメッポさんは手の動きに合わせるように身体がびくびくと痙攣する。
相当敏感になっているのか、ぼくの手のひらが先端に触れただけで腰が大きく跳ね上がる。
「ああっ……ふ、あ……っ、もっと、つよく……」
「……う、うん」
彼の要望通り強く握って扱いてあげると、一際高い声を上げながら腰を反らせる。それでもまだ満たされないのか、ぼくの手の上に自分の手を重ねて自ら動かし始めた。
「あっ、だめ……だめ……っ、いっ……」
ヘルメッポさんは限界が近いのか、呼吸を荒くしてぼくの服をぎゅっと掴んだ。ぼくも応えるように動きを速めていくと、ほどなくして彼は絶頂に達した。
「や……あッ――!」
ぼくの手の中にどろりと欲を吐き出すと、ヘルメッポさんは力が抜けたようにがくりと膝を打った。
良かった、これで落ち着いたかな。とホッと安堵の息をついたのも束の間、彼はぼくから離れようとせず、手首を掴んだまま懇願するように見上げてきた。
「ん……まだ……もっと……」
まだ足りない、というようにヘルメッポさんは身体をくねらせ、再び下腹部へと手招いた。
こんどは脚の間の、もっと奥へと―――。
「こびー……こっちの、ナカ、も、して……」
「え……っ?」
ぼくは驚きのあまり一瞬固まり、われに返ったと同時に一気に顔が熱くなった。
「さ……さすがに……出来なっ……」
さすがにまずいと思い、ぼくはヘルメッポさんの手を除けようとした。だが彼の力はほとんど入っていないはずなのに、なぜか手をどけることができない。
まるで甘く痺れたように動かない自分の手を恨みながらも、これはきっと薬のせいだと再び必死に自分に言い聞かせた。しかしそんなぼくの葛藤も知らず、ヘルメッポさんは恍惚とした表情のままぼくを誘おうと手を動かしてくる。
「……もっとさわって」
「っ……」
切なく、熱を帯びた目で見つめられると抗えなくて、遂にぼくの中で最後の理性が外れる音がした。
ぼくはそのままヘルメッポさんが望むまま、その熱くなった場所へと指を差し入れた。
「あっ……んん……」
ナカはすぐにきゅうきゅうと締まって、まるで侵されたいといわんばかりに切なく反応を示す。
「ああっ……!」
身体が弓なりになって跳ね、ヘルメッポさんはその衝撃に耐えながらぎゅっとぼくの服を握り縋るように顔を埋めてきた。
「あ……ごめん、ちょっと痛かった?」
ヘルメッポさんはぼくの問いかけに対し、顔を埋めたままふるふると首を振った。
「いい……っなんなら、もっと激しくても……っ」
「……」
そういって再びぼくの服を握りしめるヘルメッポさんを見て、思わず差し入れる指を緩めた。
「あの……ヘルメッポさん」
「……ん?」
動きを止めたことに気がついたヘルメッポさんが、わずかに顔を上げてこちらを見ていた。
「……どこまで、触られたの。アイツらに」
それは、思わず言葉に出てしまっていた。―――ヘルメッポさんに触れる前から心の底にしこりとして残っていた事柄だ。
助けに来る前まで捕らえられていたヘルメッポさんが何をされていたのかはわからない。だけどもこんなにしなる敏感な身体と甘い嬌声が、下衆な海賊たちに聞かれ触られていたかもしれないと思うと―――ぼくはなんだか心の奥がグツグツと煮えたぎるのを感じていた。
それを聞いてしばらく考えるように呆けていたヘルメッポさんが、そっと答える。
「……ちょっと」
「ホントに?」
「……ほんと」
そう言った彼は、バツが悪そうにぼくの胸に顔を埋めた。
―――そう主張するのであればヘルメッポさんの言う事を信用したかったけど、ぼくはちょっと、それこそほんのちょっとだけ意地悪したくなってしまって、再び指をナカへと差し込む。
「そんな口ぶりじゃなかったけど?」
ぼくはヘルメッポさんの耳元で囁き、ぐいと入れた指を折り曲げた。
「……は、あっ! あぁあ……!!」
奥のほうまで届くようにナカをかき混ぜると、ヘルメッポさんは大袈裟なくらい反応した。まるで電流が走ったかのように身体をしおらせ、甘い声を上げた。
「……まさか、ここまで許したワケじゃないよね?」
「ぅ、あ、あっ」
反応のあった場所を狙って指先で何度も擦ると、ヘルメッポさんはぼくにしがみつきながらがくがくと身体を震わせた。
「……ちがっ……ぅん……ここまでは……ないからぁ……っ」
掠れかけの声で必死に訴えながら、ヘルメッポさんは何度も首を縦に振った。
「ホント?」
「ほんとに、ほんと……っ、マジだから……っ」
そう言って「信じてくれよ」と言わんばかりにぼくの胸元に埋めていた顔をあげ、潤んだ目を向けてきた。その瞳を見て、ぼくは身体の底からゾクゾクとした感情が湧き上がってくるのを感じた。
「……なら、良かった」
ごめんね、ちょっと意地悪しちゃったね。と付け加えながらヘルメッポさんの髪を撫で、そっと口付けた。
「ん……ふぅ……」
ヘルメッポさんはぼくの言葉に安心したように身体を預けてきた。
その様子に再び愛おしさを感じながらも、ぼくは深く深呼吸をし、最後とばかりに挿れたままの指を激しく動かした。
「っ……あああっ……!!」
痙攣したように身体が跳ね、絶頂を迎える。
ギュウとナカが締まり、下腹部から再び液が漏れ出すのを確認すると、ヘルメッポさんはぐったりとした様子で身体の力を抜いてこちらへもたれかかった。
「……ごめん、やりすぎちゃった?」
ぼくが慌てて身体を起こそうとすると、ヘルメッポさんはぼくの服をぎゅっと掴んだまま掠れた声で返事をした。
「ん……へーき……もうちょっと、このままで……」
息を整えながらヘルメッポさんはぼくの胸元に顔を寄せてくる。その仕草にまたもドキリと心臓が脈打ったが、ぼくはそれを悟られないように彼をそっと抱き締め返した。
◇
数日後。何事もなく事件は終着し、例の海賊たちは御用となった。
単独強行したぼくにも本部から多少のお咎めはあったが、数日の雑用と引き換えにヘルメッポさんを助けられたのなら本望だ。
「あの、ヘルメッポさんいますか?」
ガラリと扉を開け、医務室へと顔を出す。
だけど病室のベッドには誰もおらず、担当してたドクターさんが座っているだけだった。
ドクターさんはこちらの存在に気がつくと、ゆっくりと顔を上げた。
「おおアンタか。軍曹さんはさっき出て行ったよ。まだ治りたてだからワシャ止めたんだがね」
「ええっ!?」
驚いて奥のベッドの方向を見ると、たしかに運び込んだはずのその場所はもぬけの殻になっていた。
ドクターさんがため息をつきながらこちらを見つめて言う。
「「強くならなきゃ」とか口走ってたからトレーニング室とかかねえ。というかアンタ覇気でわかんじゃないのか?」
「あっ、そうか」
そうか、戦闘以外ではあまり使わないから忘れていた。指摘されるとちょっと恥ずかしくて思わず頭を掻く。
そんなぼくの様子を見てドクターさんは呆れたように笑い「まだまだだネ」とぼくの肩をポンと叩いていた。
言われた通り覇気でヘルメッポさんの存在を追っていると、言われた通り訓練室に居た。
周りには誰もおらず、たった一人で自らの刀を手に訓練用の人形にただひたすらに向かい合っていた。かなり長い時間そうしていたのだろう、額から滴る汗がその意思の強さを物語っている。
集中していたのかこちらの存在に全く気がついておらず、ヘルメッポさんは無言のまま刀を振り下ろしていた。
それなら、とぼくはニヤリと笑い、腰を落としてそのまま地面を蹴り出した。
出会い頭に「剃」でヘルメッポさんの間合い内に潜り込む。いきなり視界に入ったぼくの存在にヘルメッポさんの瞳孔が開かれ、武器を持つ手が少しだけ緩む。ぼくはその隙を狙って彼のククリ刀の柄を目掛けて蹴りを仕掛けた。―――キィン!という鋭利な音が響き渡り、刀が宙を舞う。しかしそれに気を取られる間もないまま、反対側の刀が振り下ろされた。
ぼくはそれを再び落とそうとしてヘルメッポさんの左手首を掴んだが、汗で滑って掴み切れずにそのまま振り下ろされる。
以前ならそのまま斬られて生傷を作っていたが、今は違う。
ぼくはその動きすらも”読み取り”、頭を下げて紙一重で躱していく。
「隙だらけだよ」
そのまま一瞬で体勢を立て直し、鳩尾へと拳を突き立てた。
ぼくの拳の衝撃に思わず仰け反るヘルメッポさんに対して、そのまま全体重を乗せて体当たりを仕掛けた。受身も取れずにすっ転んだヘルメッポさんにぼくは素早く馬乗りになり、その隙に奪ったククリ刀の峰を彼の首筋へと当てた。
「へへ、一本とったりー」
「勘弁してくれよ……」
武器を手放して自慢気に鼻の下を擦るぼくに、ヘルメッポさんは呆れたような顔をして眉を顰めていた。
「あれ? ちょっと拗ねてる?」
不満げな声色を感じ取ったぼくが首を傾げると、はぁとため息をつきながら答えた。
「……捕虜にされた上にあんな痴態晒すなんて、恥の上塗りだ。ホントはお前と顔も合わせらんない」
そう言うと唇を尖らせふいとそっぽを向いた。しかしその耳はこちらから見てわかるほどに赤く染まっており、ぼくは思わず笑みがこぼれる。
「ふふっ。でもあの時のヘルメッポさん可愛かったけどな」
「やめろ思い出したくない」
「……いつももっと、あんな感じで甘えてもいいんだよ……?」
ぼくが囁くようにその言葉を囁くと、ヘルメッポさんはそっぽを向いたまま視線だけ向けて一言だけ呟いた。
「……考えとく」
「じゃヘルメッポさん、もう一戦やろ! もう一戦!」
「……お前とやったらいつも負けるからヤダ。覇気禁止な」
「それは無理だよ」
「だろうな、あーあおれにも目覚めねぇかなあ」
倒れたままいじけるヘルメッポさんに、―――きっと目覚めるよ。と心の中で返事をしながら、ぼくはそっと手を差し出した。

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