とある日の海軍本部の一室。コビーとヘルメッポの二人は事件の後始末のための事務手続きをしていた。―――少し飽きてきたのか、現在は休憩中だ。
いやに真剣な面持ちで手鏡を見るヘルメッポが、隣にいるコビーに向けてぼそりと呟いた。
「……なあコビー。おれ、髪切ろうと思うんだけど」
何気なく発された声に気がついたコビーは、書類から顔を上げた。
「また毛先でも傷んだの?」
「いやそうじゃなくって、その……」
そう言いながらヘルメッポは少し言いにくそうに言葉を濁す。
しばらく自らの髪を弄りながら考え込んでいたが、次第に思い切ったようにコビーのほうを向いて言った。
「こないだ、お前に迷惑かけちまったからもうバッサリ切ろうかなって」
「えっ……!?」
思わず口をポカンと開けるコビーを横目に、まるで何事もなかったかのようにヘルメッポは手鏡へと視線を戻した。
その横顔は真剣な面持ちで、冗談を言っているようには到底見えなかった。
「えっあっ、あのっそのっ」
コビーは動揺して、思わず手元の書類を取り落とす。
ヘルメッポの肩まで伸びているロングヘアは彼のこだわりの髪型だったハズだ。それは、隣でずっと見ていたコビーにとっては嫌というほどわかっていた。
なので、唐突にそんなことを言われて驚きを隠せなかった。
―――これは、以前にヘルメッポが敵に髪をひっ掴まれるという事件があったからこその発言だったのだが、それを知る由もないコビーは自分への贖罪、禊か何かだと思い込んでいた。
「実際お前にも言われたワケだし、いい機会だなって……」
「だ、ダメー!! 駄目ダメだめっ!!」
「ぐはっ!」
自嘲しながら呟くヘルメッポに対して、コビーは思わず立ち上がってヘルメッポの背後から勢いよくぶつかった。
浅めの背もたれのせいかモロに頭突きを喰らったヘルメッポが少しよろめいた。
「何すんだよ!」
文句を言うヘルメッポに構わず、コビーは掴んだ肩を揺らしながら叫ぶ。
「そんなこと言われたらぼくだって罪悪感湧いちゃいますよ!! 髪伸ばすの好きだったんでしょ!? た、確かにヘルメッポさんの短髪も見たいですが……」
「お、おう……じゃあ何でだよ」
そこまで言い終わるとコビーは目の前の襟足に顔を埋めて、ぼそりと呟いた。
「ぼ、ぼくは……その、ヘルメッポさんの長い髪触るの、大好きだった、から……」
微かに聞こえる声で囁くと、コビーはヘルメッポの首元に回した両腕でぎゅっと抱きついた。
そうして甘えるように頭をすりよせてきたコビーに対して、ヘルメッポは呆れながら言葉を零す。
「……はぁ」
「だ、だからわざと難癖つけて触ったりしてたし、あんときだって……」
その言葉を聞いてヘルメッポは驚いて背後を振り返った。
「……はぁ!? お前そんなこと考えてたのかよ! ……ってことはこないだの寝袋に侵入してたのもわざとだったんだな!?」
「だ、だってしょうがないじゃない! どう触っていいかわかんないし!!」
コビーは恥ずかしそうに頬を染めながら頭をグリグリと押しつける。
半ばヤケになりながら喚くその姿に、ヘルメッポは観念したようにため息をついた。
「……はあ、しょうがねえなあ。ヤメだヤメだ。お前がそこまで言うんだったら、もう暫くはこのままにしとくよ」
その言葉を聞くとコビーは頭を上げ、顔をパアァと輝かせた。
「ほんと!?」
「ああ、ホントだ。そもそもあんま乗り気じゃなかったし」
「……いや、でもそう言いながら明日には切ってるかもしれない」
「だから切らないって」
「切ってしまうなら、いっそ、ぼくが……」
「それはもっと勘弁だな。……てかそろそろ離してくれないか?」
ヘルメッポの言葉に、コビーはハッとして身体を離す。それと同時にヘルメッポは椅子から立ち上がり、コビーの方を見やった。
背後にいるときには見えなかったが、コビーは少し恥ずかしそうに顔を俯かせている。
「……お前の言い分はよーくわかった」
そう言いながらヘルメッポはコビーの肩を掴み、ぐるりと方向を変えた。
そのまま促すようにコビーを部屋の中にあるソファへと座らせて、隣に自分も座った。
「えっ……?」
素直に押されたコビーはソファへと身を沈め、思わず隣のヘルメッポを見る。
「今日はもう店じまいと行こうぜ」
そう呟いたヘルメッポはコビーを横から抱きすくめ、顔を手繰り寄せて唇を重ねた。
「ん……っ」
驚いて一瞬硬直したコビーだったが、ヘルメッポの背中に腕をまわしてしがみつき、次第に応えていく。
密着する身体から感じる鼓動が、徐々に早くなる。
そのうちどこからともなく唇を離すと、ヘルメッポはふとコビーの指先が自分の髪に触れていることに気がついた。
「……触りたいか?」
囁きながら訊ねると、コビーは髪を梳きながらも小さく頷いた。
「ん……」
「しょうがねえな」
呆れたようにヘルメッポが笑うと、唐突にコビーの腕を掴み身体から引き剥がす。
「え?」
困惑しているコビーをよそに―――ヘルメッポはがら空きの膝の上に自らの頭を乗せ、ソファに寝そべった。
「ええっ……!?」
驚くコビーを尻目に、ヘルメッポは寝そべったまま顔を上げて悪戯そうに笑う。
「だったら存分に触れてくださいよ、大佐サマ?」
「も、もう……ズルいですよ、こんなん……」
顔を真っ赤に染めながらも、コビーはヘルメッポの長い髪を梳くようにゆっくりと撫でた。
「へへっ、まあたまにはな」
撫でられながらも、ヘルメッポは満更でもない様子でコビーの顔を見上げている。
「……うん」
コビーはそれを見て嬉しそうに微笑み、そっと頬に手を添えた。
「失礼します。こないだの任務の件ですが……」
「あっ、たたたたしぎ大佐! お疲れ様です!!」
「ど、どうしたんですか二人とも」
「あっいえこれは何でもないですおおおお構いなく!!」
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