【サンプル】早くどうにかしてください!

 

 最近、「友達」という単語を検索するのが癖になった。
「友達の作り方」「友達の定義」「友達の抜け出し方」
「友達」から「恋人」へと「成る方法」……。
 その対象である金井淵君自身は、ボクとの関係を友達のまま平行線であることを望んでいる。
 だけど、はたしてそれでいいのだろうか。
 関係性が終わるくらいなら、と彼の提案を受けることにしたが、彼への想いは日に日に肥大していくばかりで、ボクはたまに張り裂けそうな衝動に駆られる。
 明日にでも、また間違いを犯してしまいそうなほどに。
……と、ここまで思い返してみたけれど、難しいことは考えてもわからないな。
 でもひとまずは、嫌われてないことに安堵するだけでいいのかなって思うけどね。

『この世は一つの舞台だ。
 すべての男も女も役者にすぎない。
 それぞれ舞台に登場しては、消えていく。
 人はその時々にいろいろな役を演じるのだ』

「いやー、今日の舞台素晴らしかったですね!」
 劇場の近くの喫茶店で、ボクは目の前の金井淵君に話しかけた。
 初めは浮かれてばかりだった「友人としての付き合い」も、今ではすっかりいつも通りになっていた。
 今日は金井淵君と近所の劇場へ舞台を見に行った。
 田園が舞台の恋慕を描いた喜劇ミュージカルで、昔から有名な劇作品のリメイクだ。
「……そうか? 最後とかご都合にもほどがあるし、ちょっと言い回しが遠回りすぎてさっぱりだったが……」
 金井淵君が眉を顰めて呟いた。
「いや、そんなこと言いながら今パンフレットしっかり読んでるじゃないですか! しかもボクが買ったやつ!」
「それはまあ、往年の名作だし……」
 彼はバツの悪そうな顔をして視線を逸らした。
「あとでボクにも読ませてくださいね!」
「……あと三ページだからもう少し待ってくれ」
 そうして金井淵君は全ページしっかりと熟読してから、なおも少し不満そうにパンフレットを返していた。
 じゃあ君のぶんも買えば良かったのに。という気持ちを飲み込んで、ボクはそれを受け取った。
―――でもだんだん分かるようになってきた。金井淵君が強引にけなす所を探している時は、最高に楽しんでいる時だ。
 ああは言いつつも本当はめちゃくちゃ前のめりで見てたに違いない。
「それに演奏部分もすごかったですね。オーケストラはあんな配置になるんですね!」
 ボクは鼻息を荒くして言った。
 その公演は音響に生の演奏を使用しており、重厚な音にボクは圧倒されてしまったのだ。
「まぁな」
 金井淵君もその件に関しては同じ考えだったらしく、同調したように頷いた。
「後ろのパイプオルガンがすごい立派で、あれ弾いてみたいなぁ」
「……弾けねェくせによく言うよ」
 興奮しっぱなしのボクに、金井淵君が少し嘲笑するように微笑んだ。
 その声色は他の人には軽口のように聞こえるだろうが、最近は自分の冗談にも少し微笑んでくれるので、ボクはなんだか嬉しい。

「お待たせしました」
 喫茶店のウェイトレスさんが注文したパスタとコーヒーを持ってきてくれた。
 置かれたパスタにフォークを乗せながら、ボクは続ける。
「それに内容も良かったですよ! 特に男装しているロザリンドもといガニメデが森の中で……」
「曲山」
 そうして公演の内容を意気揚々と話そうとしたときに、ふと金井淵君に名前を呼ばれてボクは顔を上げた。
「なんですか?」
「オレに恋愛ものを見せてどういうつもりなんだ?」
「えっ……?」
 先ほどとは違う鋭い目線に、ボクはすこしたじろいた。
「ただ単にオケがあるからって理由でもなさそうだし」
……確かに恋愛ものを見せることで少しでも関係を進展させようとした打算はあったけれど、まさか見抜かれるとは。
 いや……当然かもしれない。
 舞台に興味があるならまだしも、興味もないはずのジャンルを見せられれば疑問に思うだろう。
「……いや、そんな、普通ですよ。ただたまたまここで公演してたから観に行きたいなー、でも一人じゃ……ってとこですよ」
「……ふーん」
「いやホントですよ!」
 咄嗟に言い訳をするボクに、金井淵君はじーっと疑いの目を向ける。
 その視線すら気恥ずかしくて、ボクは目をそらすように目の前のパスタを一口頬張った。
「……フン」
 そのうち金井淵君は、やがて諦めたように視線を戻した。
「……まあ、隠しても仕方ないですし、言いますけども」
「なんだ、言うのか」
 最初は逸らそうとしたけど、やっぱり言おうと決意してボクは残っていたコーヒーを飲み干して一息ついてから口を開いた。
「金井淵君、最近忘れてないかなーって」

「何がだ」
「ボクが金井淵君を好きだってこと」
 釘を刺すようにそう指摘すると、金井淵君はピタリと動きが止まる。
 そのまま下を向いたまま、若干ばつが悪そうにくるくると目の前のパスタを回し始めた。
「いまは……その話はいいだろ」
 誤魔化すようにボクからパスタに視線を逃しながら、彼はぼそりと呟く。
 金井淵君から振った話なのに……とボクは思ったけど、そもそも自分が発端の話なので、指摘するのはやめた。
「でもなんかボクの意見としては、ちゃんと関係を線引したいなって思ってて」
 ボクは持っていたフォークを置いて、続ける。
 これ以上うやむやな関係は、嫌なのだ。それはわかっている。
―――だけど、これはボク自身が言い出せないのも原因の一つではあるので悩むところだ。
 この間言っていた『少しでも変な告白をしたら速攻振ってやる』という彼の考えに―――今のところ告白して彼がオッケーというビジョンが全く見えないのだ。
「……」
 金井淵君は、黙ったままパスタを食べている。
 その表情は、いつもより険しい気がしてボクは慌てて口を紡ぐ。
「ま……まあ、そうですね。覚えててくれたことは分かったので、今はそれだけで十分です」
 彼の鋭い視線を浴びながら、水を一口飲む。
 ボクらは互いに押し黙ったまま、しばらく気まずい時間が過ぎていく。
 たぶん今選べる言葉も、このうやむやな関係も、ボクにできることはこれが精一杯なんだろう。

《中略》

「はあ……」
 ボクは上着を脱ぎ、自宅のベッドへと潜り込んだ。
 あのあと三人にこってり女心の極意(男だけど)を教えられて、最後に邑楽さんの恋愛事情を根掘り葉掘り訊きまくって女子会は終わった。
 せっつかれて真っ赤に顔を火照らせる邑楽さんと、悪魔のように意地悪な吹越さんの顔が忘れられない。
『あたしだけとか不平等にもほどがあるわ! あんたたちも絶対経過報告するのよ!!』
 そう言われてノリでリンギン女性陣だけのライングループまで作られてしまった。そもそもボクは違う気がするんだけど……と思いながらも先ほどからひっきりなしに賑やかなメッセージが送られてくる。
「ふふ……」
 ボクはそれを眺めながら笑みがこぼれた。
 なんだかんだ、みんな恋に悩んでいるんだなぁ。
 そう思ったボクは、今日のお礼の連絡だけ済ませてベッドにスマホを置いた。

 その拍子にピラリと紙が一枚床に落ちた。思わずそれを拾い上げると、この間の劇公演の半券だった。
 置きっぱなしにしてたのかあ、と苦笑しながら券を引き出しに仕舞う。

 ———ふと、想い人である金井淵君の顔がよぎる。
 ふとした時に彼を思い出してしまうのは自然なことではあるのだが、それに準して沸き立つ衝動と欲求に一瞬ためらう———のだけれど、今日も駄目だった。
「ごめんね、金井淵君」
 謝りながらもボクは再びスマホを取り出した。

 慣れた手つきでスワイプを繰り返す。何回か捲るように遡ると、一枚の写真にたどり着く。
 二人で出かけた時の写真だ。写真をとられるのが苦手な金井淵君を、自撮りをするフリをしてこっそりと撮ったものだ。
 撮っているときはなんとも思わなかったけども、今は少しだけの背徳感とともに別の感情が押し寄せてくる。
 その端正な顔が、歪んでいるところがみたい。と。
「んっ……」
 ボクはおもむろにズボンを下ろして下半身を露わにする。スマホの画面に映った金井淵君の写真を見ながら、熱を持ちつつある自身を握り込んだ。
「っ……ん……はぁっ……」
 性急かつ唐突に行ったその行為だったが、自らの性器は刺激に敏感に反応してドクドクと脈打ち始める。そして画面の中の彼だけではなく、金井淵君の顔、声、反応、すべてが頭の中で構築され、都合よく再生される。
 初めて出会った日のこと、二人で出かけるようになった日のこと。
 あの日、酔っ払って雨の中ホテルへと担ぎ込まれたあのときも。
―――覚えてないって金井淵君には言ったけど、勢いでキスをしたあのときの表情が忘れられない。
 穢したい。
 表情一つ崩さない彼が淫らに乱れているところが見たい。
 無口な彼が情けない声をあげて目に涙を浮かべているところが見たい。
 その関係を……壊してしまいたい。
 ホントはいけないはずなのに、そのことを考えると体中が疼いて、吐息が熱くなるのを感じる。
 下腹部の奥からグツグツと熱が込み上げて、心も身体もおかしくなる。
 その顔も、声も、その身体もすべて、ボクのものだったらいいのにと思う。そして、金井淵君のそのすべてがボクに向いていて欲しいと思う。
「はぁ……ぁッ……んぅ……」
 先端から溢れ出てくる粘液を手に絡めて、淫猥な音を立てて上下に扱く。そうするとうちに溜まった熱がどんどんと大きくなってくる。
 それに準ずるように頭の中の金井淵君も表情を歪め、甘い疼きとともにともに興奮が高まってくる。

 すべてが、愛おしい。
「は……あぁッ……!!」
 身体が小さく震え、欲望は白いものとなって溢れ出した。慣れた手つきでそれをティッシュで拭き取りながら、ボクは乱れた呼吸を整えた。
―――邪な気持ちを持っていることへの罪悪感と、ほんの少しの背徳感。
 彼のことを想ってこんなことをしているだなんて知ったら、金井淵君はどんな顔をするんだろうか。
「はあ……」
 こんな関係、友達だなんて呼べるはずがない。

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