想いは気づいているけども【WEB再録】

 

 ころりころり、と規則的な音を鳴らして多彩な色のボールが金属製のレールを伝って下に降りていく。
 途中で二又に分かれたり、穴に落ちながらも、計算されつくされた動きでレールから外れずにするりと弧を描く。一番下まで着いたところで、モーター付きのエレベーターのような装置にボールが渡り、天井へ浮かび上がり再び軌道を描いて落ちていく。
 ボールマシンという名称らしいそのオブジェは、まるで永久機関のように延々とボールを落としては浮かせる運動を続けていた。
「おお……すごい! ほら、こっち来てくださいよ金井淵君!」
 転がるボールを目で追っていた曲山がこちらを振り返り、興奮してる様子で自分に向かって手招きをしていた。

 市立科学館。市立と銘打ってはいるが、この建物は県内で随一の大きさを誇る科学施設らしい。
 上は宇宙の仕組みから、下は身近にある科学まで。大小さまざまな現象が展示してあったり、親子で楽しめるサイエンスショーなども開かれる等、公共施設でありながらも子供たちを飽きさせない工夫が随所に見られる施設となっている。
 ……あくまで子供向けの話なのだが。
「もういいだろ、次行くぞ」
 ボールマシンには近づかずに、手招きをしている曲山に半ば呆れながら声をかけた。
 男子大学生、二人きりで行くには如何せん不釣り合いなこの場所は、自分には退屈この上なかった。
「もう行っちゃうんですか?」
「そのボールとっくに一巡してるだろ」
「えー、せっかくなんで楽しみましょうよ!」
 曲山は少し不服そうに、文句を言った。
「こんなもん何回見たって意味ないだろ……」
「むむ、じゃあ次はあれやりませんか?  ほら、あのガラスのやつ!」
 曲山は一つまた向こう側にある展示へと駆け出す。それからも次から次へと科学館の展示に目移りしながら、年甲斐もなく全力ではしゃいでいるようだった。
 一方でオレはそんな曲山とは違い、そのテンションに今一つ乗り切れずにいた。
 そう、その理由はただひとつ。
 なにせ、オレたちは好きでここに来たわけではないのだから。

◇◇◇

 話は数時間前に遡る。
『管楽器の歴史展……ですか?』
 スマホのスピーカーから、少しくぐもった曲山の声が聞こえてくる。
『ああ』
 それに呼応するようにオレは同意をする。
 市内にある博物館が期間限定で特別展示をするそうで、新聞社からチケットをもらった。 知人数人に声をかけたのだが、なかなか予定が合わなかったりそもそも展示にそこまで興味なかったりと散々な結果だったので、曲山に尋ねることにした。
『チケット二枚貰ったから、お前興味あるんだったら誰か誘って――』
『金井淵君は行かないんですか?』
 誰か誘ったら、と言いかけたところで曲山によって話を遮られた。
『え?』
『一緒に行きましょう!! 今からでもどうですか?』
『いや今日は確かにフリーだが、今からなんてそんな突然な……』
『善は急げとも言うじゃないですか! 行きましょう!』
 ……というわけで半ば強引に押し切られてしまい、オレは突然曲山と二人で一緒に出かけることになった。
 そう、当初は博物館の特別展示に行く予定だった。のだが……。

「定休日、ですね……」
 博物館の展示施設の入り口、赤い文字で書かれた張り紙の前で曲山が残念そうに呟いた。
「そうだな……」
 まさか今日が定休日だとは。そうならば公式サイトにハッキリ書いておけよと思ったが、今更文句を言っても仕方ない。隅々まで調べていなかったこちらにも落ち度がある。
「悪かったな」
「いえ、いきなり誘ったボクも悪かったので……ま、まあ、別日に行けばいいじゃないですか!」
 オレが謝ると、それを慰めるように曲山が声をかけた。
「じゃあ今日はどうする? 飯でも食って帰るか」
「え……いやそれもちょっと……あ!」
 曲山が顔を上げ、何かを見つけたように声を上げる。
「ここに科学館がありますよ! せっかくだし入ってみましょうよ!」
 そう言う曲山にほらほらと袖を捕まれて、オレ達は隣にあった科学館へと入ることになった。

◇◇◇

 ――そして現在
「見てくださいよこれ!」
 ボールマシンを通り過ぎた後も、曲山は早速次の展示品を興味深そうに眺めていた。
 プラズマボールだ。球体の中央に流れる電気により状態変化したプラズマが明るく光り、外のガラス部分に人間の手が触れると、吸いつくようにプラズマが手に近づいて来る設備だ。
「映像とかでは見たことありますけど、実物は初めてみた気がします!」
 曲山がそう言ってガラス部分に手を当てると、プラズマの光がこちらに寄ってきた。
「ホントに来た……!」
 その反応をみて、曲山はあどけない表情で感嘆していた。
 やっぱり子供みたいだなぁ、と内心で思っていると、早く来てくださいよと曲山が自分に向かって再び手招きをしていた。
 そうだな、と自分もプラズマボールに触れようとした。その瞬間。
 自分の手と曲山の手が触れる。
「あ……」
 曲山はそれに気付いて、思わず手を引っ込めた。その仕草に思わず隣を見ると、曲山が少し染まった頬を隠しながら
 何でもない、とだけ言って気まずそうに顔をしかめていた。

 その一連の流れに強い既視感と、微かなざわつきを覚える。
 ……ああ、まただ。そういえばそうだったな。と。
 オレは少し俯いて、曲山から視線を逸らした。

 曲山は、オレに惚れている。

 

 それに気がついたのは幾分か前のことだ。
 県大会後、半ば成り行き任せで知り合いとなった曲山・クリストファー・晴海に対して”友人同士”としての付き合いを続けていたのだが、ある時期を境に、先刻のようにまるで想い人にするような反応をされるようになった。
 だったら付き合っちゃえよという声なき声が聞こえるが、オレは残念ながら付き合う気持ちは毛頭ない。男女じゃないからというよりも、恋愛自体に興味がないからだ。
 正直、恋愛は面倒くさい。
 どこかの誰かは「勿体ない、青春しろよお前は」とでもいうのだろうが、この気持ちに嘘はない。
 だが、今日までオレは相変わらず曲山と友達としての付き合いを続けている。
 何故か。答えは簡単だ。
 ……「明確に告白を受けてない」段階で縁を切ってしまうと、より面倒くさくなるからだ。

 幸か不幸か、曲山は自分の思いを吐露していない。もともと言うつもりがないのか、機会を伺っているのか。
 それとも、言う勇気がないのか。
 いずれにしても、今の曲山は自分にとって都合のいい存在であることは間違いなかった。
 今だって、余ったチケットだろうが喜び勇んで同行してくれるし、それが反故になったって文句一つ言わない。
 その状態が自分にとって便利な存在で、失うのは正直惜しい。
 だから、そのままにしている。
 想いは気付いているけども。
 もし、耐え切れず曲山が告白してきたのなら、その時に面倒くさいからという理由で振ればよい、と。そんなことを思いながら、今日もまたオレは曲山を気が向いたときに”友人として”誘ったりしているのだ。
 ……ここまで言っててなんだか自分の性格が意地悪いような気がするが、別に気にしていない。
 これが一番、オレたちにとって楽な関係だから。ただ、それだけの話だ。

◇◇◇

 科学館の最後のエリアを出ると、入口でも見たチケット売り場のある開けたロビーへたどり着いた。
 楽しかったですねという曲山を背に、そろそろ帰ろうと電車の時間を調べていたら
「あ、最後! プラネタリウムいきましょう!」
 曲山は、オレの袖を掴んで出口とは違う方向を指さした。
 広場には科学館以外にも入口があり、指をさす先にはプラネタリウムと書かれた看板があった。
 もう夕方にさしかかろうといった時間で、最後の公演スケジュールが近づいているのも相まってそこそこ盛況しているようだ。
 オレは、早く行きましょうと急かす曲山を尻目に思惑する。別にいつ帰っても支障はないし、金額も安い。気まぐれに星を見るのも悪くはないだろう。
 だが、プラネタリウムに入っていく人々が親子連れや若いカップルしか居ないことに気付き、オレは足を止めた。
「あー……いや、ここは、ちょっと……」
「なんでですか?」
「なんつーか……カップルと親子だけだろ、ああいうとこ……オレらがいくのは、その……」
 そう言葉にしたとき、曲山は「あ……」と声を漏らして少し顔を伏せた。
「……そうですよね」
 曲山の表情から笑みが消える。その表情に若干の罪悪感を感じながらも、オレはそっぽを向いた。
 まるで気持ちに気が付いていないかのように。
「……じゃあ、帰りましょうか」
 そのうちに曲山は再び笑顔を作り、そう口にした。

 ……これでいい。このままの関係でいいんだ。オレ達は。
 噛みしめるようにその言葉を反芻しながら、どうか曲山がいつか言葉にしませんようにとそっと祈っていた。

 

 あれから、二週間が経過していた。
 友人としての体をなしたこの関係は自分にとって心地よかったが、もちろんそう長くは続かないだろうということは理解していた。
 人は、そんなに長い間秘密を隠し続けられるわけがない。
 きっと曲山だって、いつかその気持ちを告白という言葉に乗せて、この便利な関係が終わる時が来るんだろうなとオレはぼんやりと思っていた。
 その時は意外と早くやってきた。考えうる限り最悪の形で。

「僕はぁ、好きなんですよぉ、金井淵君が」
 深夜、バーのカウンターに突っ伏している曲山が、そう呟いた。
「……」
 オレはその言葉に反応して隣を見た。隣の曲山は頬を染め、その口調からもだいぶ呂律が回っていないように聞こえる。
――これは、完全に酔っているな。
 今までの様子を見る限りそんなに飲んでいないように見えたのだが、曲山は気が付いたらすっかり酒に飲まれてしまっているようだった。
 こんな曲山は、今まで見たことがない。
 オレは、ついにこの時が来たのかと一口だけカクテルを飲み、一呼吸置いて続きを切り出した。
「……一応訊くが、それはどういう意味でなんだ」
「ええ?えへへへ、それは言えない……」
 曲山は顔だけこちらを向き、にへらーと笑って甘えたような声を出して再び突っ伏した。
 グラスから、カランと溶けた氷が落ちる音が聞こえる。
 酒に酔って発する言葉が自分の深層心理、いわゆる本音だというのは諸説あるようだが、コイツに関してはまさしく本音で間違いないのだろうと思った。
 その真意も今のところ不明だが、少なくとも友人としての好きではないことは理解していたので、まあ言えないということはそういうことなんだろう。
「出よう。マジで帰ったほうがいい」
 オレは立ち上がり、曲山を起こすように身体を揺すった。
「ね、涼君はどうなんですかぁ」
「名前で言うな」
 ふらつきながらも、再び戯れ事を口にする曲山を軽く流す。
 どうだと言われても。
 お前とオレは友達以上の関係はないのだが。
「あの、すみません、もう出るので」
 大丈夫かと尋ねる店員にそう話しかけ、釣りはいいと料金を差し出す。
 そうしてオレは曲山の手を取り、肩を貸してバーをあとにした。

 夜道は昼に比べると肌寒く、まだ早い冬の訪れを予感させた。
「ほら、しっかり掴んどけ」
 隣の曲山に大丈夫かと呼びかけても、「うぅん……」と声にならないうめき声しか上げなくなってしまったので、オレはため息をついた。
 困った。
 タクシーを呼ぼうにしても、人通りが少なくてタクシーが通っていない。
 電話で呼ぼうとも思ったが、携帯の電源も既に切れている。
 なにより、自分と同じ体格である成人男性を抱えて歩くなんてなかなか出来るもんではない。一方だからといって置いていくわけにもいかない。
 さらに追い打ちをかけるようにポツリポツリと雨音も聞こえ、冷えと湿気で空気が変わるのを感じた。
 ああ、こうなってしまったのも二人の関係性をハッキリさせなかった罰だとでもいうのだろうか。
「……仕方ない。ちょっと我慢しろよ」
 オレはそう言うと、近くにあったビジネスホテルの看板に向かって歩き出した。

……最悪だ。よりにもよって酒の勢いで告白されてしまうとは。
 そうされたのなら振ってあと腐れなく別れようと思っていたのに、完全に有耶無耶になってしまった。
 言葉にした張本人はオレの肩にもたれかかって、寝息ともつかない浅い呼吸をしている。
(言い逃げしてんじゃねえよ……)
 そう言いかけた想いを飲み込んで、今は隣のコイツを何とかすることを優先して雨の中を歩きつづけた。

 

 

 咄嗟に入ったビジネスホテルは全体的に薄暗く、部屋にはタバコの匂いが染み付いていた。選んでいる暇などなかったからしょうがない。飛び込みで入れただけでも御の字だ。
 備品のタオルでざっと二人の服をぬぐう。雨には遭ってたが、このくらいなら風邪は引かんだろう。オレはそのまま曲山を安全な場所へ置いておいて、自分は帰ることにした。
 まぁ、このまま寝かせてもいいだろう。そう判断したオレは完全に寝潰れている曲山をゆっくりとベッドに下ろしてあげた。傍には着替えのバスローブもあったが、曲山を着替えさせるのは作業量的にも今の心理的にも避けたいところだ。
「ほら、水出しとくから飲め。そんで寝とけ」
 冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、それを机の上に投げ出した。
 ついでに、ホテルのキーと領収書もわざとらしく置いておいた。
「う、う~~ん……」
「飲み過ぎだ。お前今までこんなことなかっただろ」
「……だって涼君が」
「だから名前で呼ぶなって。もういいから、寝とけ」
 相も変わらず名前で呼ぶ曲山に対して呆れながらも、うずくまっている身体にタオルケットを被せ直す。机のペットボトルを手元に手渡すと、そのままキャップを開けることなく枕に放り出されてしまった。
 やっぱりダメそうだ。水のボトルを拾いなおし、キャップだけ緩めて机へ置きなおした。
「今度こそ本当に帰るからな。あとは何とかしろよ」
 そう言い残して曲山に背を向けたところで、バサリとタオルケットの落ちる音が聞こえて――

 不意に、手を掴まれた。
 掴まれた、というにはいささか弱々しい力でだったが。曲山が身体をこちらに向け、顔を下に向けながらもオレの手をしっかりと繋いでいた。直前まで起き上がる気配が全くなかったので少々驚いた。
 しかし、オレはこれ以上話に付き合うつもりはなく、いい加減にしろ。と呆れ返るように、その手をさっさと振り払おうとした。
「もういいだろ、いい加減に――」

―—だが。
「行かないで」
 曲山が、か弱く震える声で呟いた。その小さな声に、振り払う手が止まる。いつもと違うその曲山の様子に、オレは言葉を詰まらせることしかできなかった。
「お前、」
「いいんです、わかってますよぉ。ボクは金井淵君にとって一番じゃない」
 そのまま俯きながら、曲山は言葉を続けた。その表情は全く見えなかったが、握られた手に少しずつ力が入っていくのだけは感じた。
「……」
「でも、どこだって涼君と一緒に行ってあげるし、ボクだったらなんでもしてあげます。なのに……」
 そういいながら、曲山はベッドから立ち上がりじりじりとオレを壁へと追いやる。そのうちに、曲山は壁に背をつけているオレの両肩を掴み、覆い被さるような姿勢になった。一瞬何が起きたのか分からなかったが、オレにはその手を振り払う余裕もなかった。

 一呼吸置いてから、曲山の顔が上がる。
「なんでボクじゃだめなんですかぁ」
 その声色は、どこか寂しそうな、泣き出しそうな響きを帯びていた。顔を上げた先には、曲山が今にも涙ぐみそうな顔を浮かべている。
「お前、何を勘違いして――」
 そう言いかけたところで、不意に唇を重ねられた。
 少し冷えているが、生暖かい感触。頭の中が真っ白になる。触れただけの唇はすぐに離れていったが、オレにはその時間が何分にも何十分にも感じられた。
 「!?」
 思わずバッと曲山を剥がして、気がついたらホテルの部屋を飛び出していた。

◇◇◇

 混乱した頭を抱えながら廊下を走る。触れられた顔が熱くて、うるさいくらい心臓の鼓動も跳ねている。
「ふざけんな……!」
 そう一人呟き、そのままの勢いでホテルの外へ出た。先刻より強くなった雨が肌を打ち付けて、静かに体温を奪っていく。
 だが、唇の熱は未だにじわりと熱を保ったまま、じりじりと焦がれていた。

 

『申請許可ありがとうございます! 曲山です!』
『今度コンサート出るんですか? 見に行きますよ!』
『行き先どこにしますか? 僕金井淵さんとだったらどこでも良いですよ!』

 →ブロックしますか?
はい/いいえ

 ようやく自宅へ帰宅してシャワーを浴び、充電中のスマホを操作する。適当にラインの返信をしてさっさと寝ればよかったのだが、気がついたら過去のメッセージを読み返しており、そしていつの間にかこの選択肢へとたどり着いていた。
 ブロック相手の先は、もちろん曲山。
 ……頭が痛い。もちろん酒のせいだけではない。
 面倒か、面倒じゃないかと言われたら確実に面倒なことになっているのだが、いざそういう事態に直面すると、自分の判断が本当にこれで正しいのかがわからなくなってくる。
「いや、何うろたえてるんだオレ……」
 思わず独り言を呟く。今更うろたえたところでどうなるというのだ。第一、ずっと決めてたことじゃないか。こっちもいちいち真に受けてやる必要もないはずだ。なに、ブロックボタンを押すだけ。簡単なことだ。その行為に今更躊躇する必要は無い。
 しばらく迷った後、オレは意を決してスマホの指を動かそうとした。
……しかし。
『なんでボクじゃダメなんですか』
 先ほどの曲山の声が再び脳裏をかすめる。あの時の表情も、しっかりと思い浮かぶ。
「なんであんな顔するんだよ……」
 泣きそうな顔をしていた曲山に対して、罪悪感が押し寄せてくる。
……本当に、このままブロックしていいのだろうか?
 そう思い直したときに、ふと、曲山のことを考えてしまう。

 音信不通になったまま、ホテルに一人ぽつんと取り残された曲山。
 仮にも告白した人に、返事ももらえず二度と会えないと知った時、一体どう思うのだろうか。

「一日だけ……だからな……」
 オレはその画面のままスマホを机に放置し、ベッドへと潜り込んだ。

 朝起きると、曲山からメッセージが三十件ほど届いていた。
「昨日はごめんなさい」「反省してます」「謝っても許してもらえないかもしれませんけど……」
 概ねこのようなメッセージが続き、最後に「話がしたいです」とだけ書かれていた。
……言い訳ぐらいは、聞いてやるか。
 オレは曲山に「三十分後、駅前のカフェ」とだけ返信し、再び曇天の下を早歩きで移動した。

◇◇◇

「ほんっとうに……ごめんなさい!!」
 カフェに着くと、先に入り口で待っていた曲山が真っ先に謝罪の言葉を述べた。
 顔も青ざめ服装も昨日のままだ。おそらく直でここへ来たのだろう。
「……話は席に着いてからだ」
 今のままだと曲山が土下座しかねない様子だったので少し窘めながら、二人でカフェへ入る。店員に案内されてテーブル席に着き、ひとまずコーヒー二杯を注文した。
 しばらくすると、温かいコーヒーが砂糖と共に運ばれてくる。それを一口飲んだところで、ようやく曲山は少しずつ話を始めた。
「……昨日、酔った勢いとはいえ許されないことをしたのは分かってます。ごめんなさい」
「……」
「でも、今のボクの正直な気持ちであることも確かです。あの、難しいとは思うんですが、考えては……もらえませんか」
 そう言って曲山は深く頭を下げる。その様子から、彼が本気で言っていることが伝わってきた。
「……想いは本物ってことなのか。……わかった。少し時間をくれ」
 オレは静かに答える。それを聞いて曲山はうつむいたままコクンと頷いていた。
 
 本当に、しょうがない奴だとは思う。間違いを犯してもなお、自らの想いを諦めていないその態度に呆れたりもする。……だが、ここまで真剣なら俺にも考えがないわけじゃない。
 俺はため息をつきつつ、言葉を返した。
「……正直、恋愛ごとなんてめんどくさいと思ってる」
「そう……ですか」
「勝手に好かれて、勝手に勘違いされて、そんなんばっかだ。普通の恋愛すらめんどくさいのに、相手がお前だったらなおさらだ」
「う……」
「だけど」
 その言葉を聞いて曲山は言葉に詰まっていたが、オレはその様子を見て間髪入れずに次の言葉を吐いた。
「ノーカンだ」
「え?」
「昨日の事はノーカン、忘れてやるって言ってんだよ」
「……えっ」
「何だよ、これじゃ不満か?」
「い、いえ、でも……」
 オレの発言が意外だったのか、でも、だって、とどもる曲山に対して、オレは再びコーヒーを啜り、もう一度はっきりと言葉にした。

「だからまた仕切り直してこい。今度変なタイミングで言ってきたら盛大に振ってやるからな」
 曲山の悲しい顔をこれ以上見たくないが故の結論だったが、まあ、甘いと言われても仕方ない。
 うつむいていた曲山の表情は、それを聞いてまるで花が開いたように明るくなった。
「……はい!」

「じゃあどっか誘ったら来てくれますか?」
「……まぁな」
「こないだ行けなかった展示会とか!」
「そうだな」
「プラネタリウムも!」
「そっちは……そん時が来たら考えてやるよ」
  なんだか少し調子にのっているようだったが、すっかり元気を取り戻した曲山を見てオレはやれやれとため息をついた。

 

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