後日談・犬の躾にご注意を

 

 まるで、昨日のように思い出せる。ヘルメッポさんと肌を重ねたこと。
 記憶の断片を反芻して、コビーは思わず顔が赤くなる。あまり余裕がなかったのだけがもどかしいけども、ヘルメッポさんと一つになれたことはまるで夢のような時間だった。
 きっとすごく、すごーく勇気を出して受け入れてくれたんだろうなということは肌で感じていたけれど、あの熱烈なキスと、好きだという言葉が脳裏にハッキリと焼き付いている。
 今までも大好きだったけど、ヘルメッポさんのことがこれまでよりもっともっと愛おしくなってしまう。一方通行だった想いを、きちんと受け止めてくれる人がいることがこんなにも幸せなことだったなんて。
 そう考えると、自然と口元が緩んでしまう。そうして、その相手がヘルメッポさんで本当によかったとコビーは思い返していた。
 その時だった。
「ひゃはは、ヒデー顔」
 突然、そんな声が後方で聞こえたのでコビーはビクリと肩を揺らして振り返った。
 後ろの廊下で海兵たちが立ち話をしていた。声の主は隣にいるもう一人の海兵に向かって話しかけていたようで、自分に向けてではなさそうだった。
 話しかけられた海兵の頬には、真っ赤に腫れた平手打ちの跡が残っている。
「なんだようっせェな。ほっといてくれよ」
「こりゃまたお熱~いビンタですなあ。振られたんですかァ?」
「振られてねェよこちとらアツアツだわ! ……ちょっと喧嘩しただけだ」
 そう言うと海兵はムスッと口を尖らせ、頬をさすった。
 どうやら恋人と喧嘩をしたらしい。
「へェ、お前のことだからまた無神経なこと言ったんだろぉ!」
「ぐ……っ。……まあ、そうかもしんねえな」
「ほ~ん? なにさ?」
 尋ねた海兵がニヤニヤしながら続きを促すと、当人の彼はバツが悪そうに頭をかいた。
 コビーは思わず聞き耳を立ててしまいながらも、なんだか聞いてはいけないことを聞いているような気分になる。なんとなくバツが悪くなってその場を去ろうと立ち上がった―――その時だった。
「……ヤってるときによぉ、アイツが口でしてあげるって言って咥えてくれたんだがよぉ、あれって全然気持ちよくないのな」
 その言葉にコビーは衝撃を覚えて思わず振り返る。それは下世話な内容だからというわけではなく、以前まさにヘルメッポに対し口淫をしたことのある当事者だからだ。
「……ああ~、あれね」
 聞いていた海兵も神妙な面持ちで相槌を打つ。その反応からどうやらフェラが気持ちよくないというのは共通事項らしくて、コビーは震えた手で口を抑えた。
「んで、全然良くねえよって言っちまって、泣き出して、これよ」
「ハハハ、バッカでい! そりゃ当たり前だろおめえよぉ~!」
 海兵二人はコビーの反応など全く気にせず会話を続けていた。酷い会話を聞いてしまった。と思う反面、コビーの頭の中ではぐるぐるとその会話が回っている。
 ……じゃあ、ヘルメッポさんはほんとは気持ちよくなかったのかな。いや、でもあの時ちゃんとイっていたし、それに……。
 コビーの頭の中ではいろんな感情が渦巻いて、整理が追い付かない。そのうちコビー自身も泣きそうな気持ちになってきた時、海兵の一人が再び口を開いた。

「あれはだな、支配欲を満たすシチュエーションなわけよ。屈服させて服従の意を示すプレイみてーなもんだ。で、そのシチュに酔って独りよがりになりがちなんだ。本人は良くても相手がいいとは限らねェ。ま、夢見すぎたなお前は」

 その言葉にコビーはハッと顔を上げた。相手はそうとも限らないという言葉が、頭の中を支配する。
 「まあな……」と頭を掻く海兵を尻目に、居ても立っても居られなくなったコビーは、いつの間にか部屋を飛び出していた。

「ヘルメッポさんっ!! フェラってほんとは気持ちよくないってほんと!?」
 その夜。ヘルメッポの部屋に押し入ってきたコビーは、開口一番そう叫んだ。
 その剣幕にヘルメッポは面食らった様子で、ぽかんとした表情でコビーを見つめている。
「……また誰かに聞いたんか?」
「う、噂できいて……そうとは知らず勝手にぼくはっ……」
 言葉に詰まるコビーの目に、みるみる涙が溜まっていった。
「おい、落ち着けって」ヘルメッポは窘めながら、コビーをそっとベッドへと座らせた。ぐずぐずと鼻を啜るコビーの背中をさすりながら、身体を抱き寄せる。
 ヘルメッポはひとつため息をつきながら、ぽつりと呟いた。
「まあ、確かに。そういう話もあるよなぁ」
「ど、どうしよっ……ヘルメッポさんの気もしらずに……っ」
「どうしようっつったって、お前なぁ……」
 当事者だぞ。とヘルメッポは呆れたように頭を掻いた。肩の上で啜り泣くコビーを横目に、うーんと考え込むように眉を寄せる。
 困った。先ほどから返答を濁していたのだが、それはヘルメッポには最適な答えが見当たらなかったからだ。
 気持ちよくないとか、実際別にそんなことはなかったのだが、それをそのまま言ったとしても「気を遣ってる」だとか「嘘をついてる」とか言い始めて、押し問答になるだろう。コビーがそういうタイプではないことは承知の上だが、自分だったらそうなると思う。
 なんなら今度はちゃんとするだの言ってそのまま再び口淫に持ち越されそうだが、それもあまりさせたくない。……気持ちよくないから、ではなく、心理的な理由で。
 だったら嘘でもいいから嫌だからやめろとでも言うべきなのだろうが、コビーを傷つけることはもう絶対に言いたくない。
 どうしたものか。とヘルメッポはコビーの頭を撫でながら思考を巡らせていると―――そうだ、と突然何かが閃いた。
「ほんとはすごくイヤだったりとかしてない!? そんで嫌いになったり———」
 ヘルメッポはコビーの言葉を遮るように、唇を押し付けた。啄むようなキスから、段々と深くなぞるようなキスへと変貌していく。
 突然の出来事に驚くコビーの肩を掴みながら、ヘルメッポはゆっくりとベッドに押し倒した。
「今更お前のこと嫌いになるかよ、バーカ」
 そう言ってヘルメッポがニヤリと笑うと、呆気にとられたコビーの顔が赤くなる。
「え……あ……」
「実際されるほうはどんなんなんか心配なんだろ? だったら……」
 ヘルメッポはそう言いながらコビーのズボンとベルトをカチャカチャと外し始めた。コビーが慌てて止めようとするもヘルメッポに腕を掴まれて、その勢いのままに下着ごとズボンを下ろされる。
 外気にさらされた陰茎が顔を出し、ヘルメッポはそれに頬を寄せて上目遣いでコビーを見上げた。
「試してみるっきゃ、ねェだろ」

「ん……っ」
 ふにゃりとやわらかい陰茎を指先でなぞりながら、ヘルメッポはちろりと先端を舐め上げた。臨戦態勢の時とは違って、ここから始めるのはなんだか気恥ずかしいような、妙な感じだ。
「んあっ……」
 コビーの内股がびくりと跳ねる。ちゃんと反応を示してくれていることに安心をしながら、質量の増したそれを手で弄び、亀頭を露出させる。
 ヘルメッポはコビーの陰茎を手で支えながら、その先端を口に含んで舌で転がした。そうして唾液を絡ませるように、ゆっくりと舌を這わせる。裏筋を舐め上げ、亀頭に吸い付くとコビーが再び反応を示した。
「ん……はあ、っ……」
「……気持ち良すぎて声も出ねェか?」
 コビーがコクコクと頷くと、ヘルメッポは「本番はまだ先だぞ」と言いながらニヤリと笑った。

 気持ちよくないなんて、誰が言ったのだろう。
「う……っ」
 まだ本番じゃないと言われているのに既に達してしまいそうだ。コビーはそう思った。
 ぬるりとした咥内に肉がぶつかる感覚は今までで味わったことのない感覚だった。それだけではなく、舌先で器用になぞられると背中がぞわぞわして腰が震えだす。生暖かい粘膜に包まれながら、時折様子を窺うように上目遣いで見つめられると、それだけで気を失いそうになってしまう。
 フェラとは支配欲と聞いて、ますますそちらの方も意識してしまう。今この時、ヘルメッポさんは身も心も全て委ねて、服従の意を示しているんだ。そう思うと、激しい背徳感とともに湧き上がる高揚感で胸がいっぱいになる。
「……ん、ふ、ぁ……?」
 懸命に奉仕しているヘルメッポの、乱れている髪を整えてあげた。
 汗ばむ額と上気した頬が、コビーを昂らせる。
「いい子だね」
 かつて自分に言われていた言葉をそっくりそのまま返してやると―――少しだけムッとした、それでいて恥ずかしそうに照れているヘルメッポと目があった。その表情が妙に可愛らしく思えて、コビーはくすりと笑ってしまう。
 そうしているうちにコビーの陰茎はあっという間に硬く反り返り、ヘルメッポはそれを咥えながら満足そうに目を細めた。
 ヘルメッポは深く咥え込んでいた亀頭を一度離して、また舌先でぺろりと舐める。そのまま大きく口を開いてゆっくりと喉の奥へと招き入れていくと、コビーの陰茎がびくりと跳ねた。コビーの陰茎を口いっぱいに頬張りながら、ヘルメッポは頭を上下に動かした。
「ん……は、はぁ、っ……!」
 舌を絡ませて舐め上げながらじゅぷじゅぷと吸い上げていく。口内に収まりきれない部分は手で扱きながら、先端から根元まで余すところなく愛撫をしていく。時折口を離して、竿部分を舐め上げたり陰嚢を口に含んで転がしたりしていると、コビーの息遣いが荒くなっていくのを感じた。
 ヘルメッポはちらりとコビーの表情を窺った。
 欲情しきって顔を赤くしながらも、気持ちよさそうにしている様子に安心する。舌を絡ませながら喉奥まで咥え込むと、コビーがびくりと腰を引いた。その反応に気を良くしてヘルメッポはさらに深く陰茎を咥え込み、速度を早めていく。
「ん……は……んんっ……! も、もう……っ!」
 もう出る、と言い終わる前にコビーがヘルメッポを引き剥がそうとするのを、阻止するようにヘルメッポは腰をがっしりと両手で掴んだ。
「んふ……っ」
「ん、あ、あっ、ああっ……!!」
 そのまま動きを加速させると、やがて口内に熱いものが放たれたのを感じた。
「あ……はぁ、ぁ……」
 コビーが肩で息をしながらぐったりとベッドに身を預けているのを見て、ヘルメッポは満足そうに陰茎を口から離した。
「ん……どうよ、コビー」
 んべ、と悪戯そうに見せつけられた舌には、先ほどの白濁がべとりとついている。
 まざまざと見せつけられたコビーの頬が、みるみるうちに赤く染まっていった。
「も、ほんと、ズルいんですよヘルメッポさんはぁ……」
「ハハ、でも良かったろ?」
 ヘルメッポのその言葉に、辛抱堪らなくなったコビーががばりとヘルメッポを押し倒した。

「それにしても……なんか慣れてない?」
「あ、いや、それはっ、その……別にぃ!?」

 

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