九時三十五分、高崎行き

 

 本当に、悪いことは重なるものだ。
 曲山が、インスタグラムかなにかで見たというカフェバーに行きたいと半ば強引に約束を取り付けられたのが数日前。いや、なんでオレなんだよ……という気持ちが先に来たのだが、「これも知り合った縁ですし!」といって憚らなかった。つくづく何を考えているかわからないやつである。
 しかし、いくら一方的な約束だろうと遅れて到着するのは流石に相手に悪い気がするので、定刻通りに集合場所へ着きたかったのだが。こういうときに限って出かける直前に定期が無かったり、いつもの道が工事中だったりするものだ。
 「一本の遅れ……十分くらいかな」
 東京ほどの運転間隔ではないにせよ、まだ地方の都市部なので十分遅れで済むだろう。が、遅れたことには変わりない。オレは曲山に「遅れる」とだけ連絡をして、後続の電車に乗り込んだ。
 自慢ではないが、自らが集合時間に遅れるということはあまりなかったので、こういう時どうしたらいいかわからなかった。周りの友人たちもそこまで遅れるということはなかったし、せいぜい部活のとき後輩あたりが遅れてやってくるくらいである。まぁソイツは遅れてもヘラヘラしていたので、きつく叱ってやった。少なくともああいう態度は取らないほうがいいのは確かだ。

 どうしたものか……と考えているうちに集合場所の駅へとたどり着いた。電車を降り、改札口へ向かうと、近くの柱にもたれかかっている曲山を見つけた。スマホを見つめていたので、「着いた」と伝えて改札を降りた。
「金井淵君!」
「あ……曲山……すまん、待ったか?」
「え?いや、何がですか! 全然待ってないですよ」
 待ってない。それが本当かどうかはわからなかったが、少なくとも曲山が怒ってないことに安堵した。
「いや、でも……」
「ほらほら、行きましょう」
 どうお詫びしたらいいかわからない自分の手を取り、曲山は目当てであるカフェバーへと足を進めた。

◇◇◇

 趣のあるカフェだった。てっきり混んでいると思いこんでいたのだが、そこまでではなかった。正直並ぶのは苦手だったから助かった。
 案内された席に座ったら、曲山がアイスコーヒーを頼んだので自分もそれにした。ガムシロップを付けてくれと頼んだら「意外ですね」と言われたので、すこしむっとした。
「まだ入れるとは限らないだろ」
「ええ~?いやぁでもね~」
 茶化すような表情をする曲山を睨んで静止させ、メニュー表のページを捲った。
「……今日は悪かったな。ケーキとか、食べるか? 奢るし」
「……もしかして、遅刻してきたこと気にしてます?」
「まぁ……」
「十分程度で気にするの、珍しいですね。ボクは全然気にしてないから大丈夫ですよ」
「でも、待たせたのは確かだから気が収まらなくて」
 その言葉を聞いた曲山は、そうだ! と手をポンと置いた。
「だったら、もう一個注文して二人で食べましょうよ」
「え」
「いいからいいから」
 動揺するオレを後目に、五分後には目の前のテーブルにミルクレープが二つ、置かれていた。

◇◇◇

「ここ、ジャズの生演奏とかやってるんですよ。で、先輩とかが参加してて」
 言われてみればとあたりを見渡したら、たしかにそうだろうと思われる設備が散見された。少し古いだろうが、人間の腰ほどまであるスピーカーがマイクとつながっていたり、奥のほうの壁の辺りにピアノが設置してあった。
「将来、こういうところでも演奏してみたくって、近所のお店色々調べてるんです」
「……ふーん」
「金井淵君とも、演奏できたらいいなって思うんですけど、どうですか?」
 曲山は少し恥ずかしそうにはにかむ。そうか、このために曲山はオレを呼んだのか。
 吹部を引退すると練習の場はなくなるし、正直なところ、高校を卒業した後はこういうジャズバーで演奏すること自体は悪くないと思うし、きっと楽しいと思う。しかし、
「断る」
 コイツと鉢合わせるのはなんか癪な気がした。
「ええそんなぁ!やりましょうよ~」
 ショックを受けたようなおおげさな手振りをした曲山を横目で見ながら、オレは再びメニュー表を開き、視線を手元に向けた。
「まぁ、でも」
 曲山が言葉を続けたので、視線を再び戻した。
「気が向いたら来てくださいよ、ボク金井淵君の音好きなんで」
「……!」
 そういって曲山がにこりと微笑んだ、その表情とあまりにもストレートすぎる物言いに、オレは瞳孔を丸くした。

 音が好きだなんて……。
 それってもう告白みたいなものじゃないか……。

 しかし、動揺した様を見せるとコイツに何を言われるかわかったもんじゃない。オレはまたメニュー表に視線を逸らし、表情を見せないようにした。
「フン、めでたいやつだ」
 曲山の表情は判別はできなかったが、やはり笑っているような気がした。

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