夢を見た。
どこまでも広く荒れ果てた大地に、オレは立っていた。砂交じりの乾いた風が、頬を撫でつけてざらりと嫌な感触を持ってくる。視界は半分しかなく、おそらく片方に仮面のようなものを付けているのだろうが、だいぶ傷んでいるらしく風に吹かれるたびにボロボロと崩れているようだ。
後ろ手に黒いマントのようなもので手を縛られており、前に進もうとするが、動けない。地面に刺さった細長い槍のようなものが、磔のように腕の隙間に鎮座し邪魔をしているのだ。なんとかそれをどかそうと身をよじるが、まったく動く気配がない。腕の感覚も鈍くなっており、自らの身体の言うことが全くきかなかった。
そうしているうちに、大きな風が吹きすさぶ。思わず目を瞑り、再び目を開けたときには、目前にフルヘルメットの白い装束に身を包んだ男が、こちらの方を向いて立っていた。顔全体を覆うマスクのせいで表情までは分からないものの、その気品ある見た目はどこか記憶の奥底で既に会ったような気持ちにさせられた。
――そして、夢だというのに、
この槍を刺したのが、オレを縛り付けたのがまさにこの男の仕業だと直感的に閃いていた。
「涼君が、悪いんですよ」
目の前の男がそう囁き、ヘルメットを外す。何故自分の名前を知っているのかと問い質そうとした瞬間、その男の顔を見て思わず驚愕した。
「曲山……?」
忘れるはずもない。ついこの間まで一緒に過ごしていた、曲山・クリストファー・晴海そのものだったからだ。
曲山はこちらのほうに歩み寄りながら、不敵な笑みを浮かべる。
「ボクの音叉の力が、ずいぶんと効いているようですね」
そういって曲山が地面を蹴り上げると、槍……ではなく音叉から鈍い音が響く。耳すら塞げずその衝撃でオレは力なく倒れ込んでしまうが、固く縛られた手に引っ張られ、上半身だけが起き上がった状態になる。
「……っはぁ、」
「なに、殺しはしませんよ。ちょっとお仕置きさせてもらうだけです」
カツ、カツと硬いブーツの甲高い音を立てながら、倒れたまま動けないオレの方へゆっくりと近づいてくる。そしてそのままオレの前に立ち、頬に手を当てて無理矢理顔を上に向かせた。その衝撃で眼前の仮面が落ち、粉々になる。
目が合うと同時に、曲山はニコリと頬を緩ませる。現実の曲山はこんなことをしないはずなのに、寸分違わない顔や表情をしているので、今目の前にいる曲山とどちらが本物なのかわからなくなってくる。
「お、お前っ」
振り絞る思いで抵抗をしようとするが、思うように力が入らない。そのまま顔が近づき、曲山に深く口付けを重ねられた。
「ふ……っ……んっ」
口を強引に開かれ、舌先でじっくり、体温を分かち合うように執拗に舐られる。徐々に呼吸が苦しくなり、口先から吐息が漏れる。
「ん……ねえ、」
ようやく解放され、ぜえぜえと息を耐えさせている矢先に、今度は耳元で囁かれる。
「いい加減、ボクのものになってください」
そういって再び口付けを交わそうとする曲山を、キッと睨みつけて凄ませた。
「……ふざけるな。オレはお前のものにはならない」
「はぁ……でしょうね。でも、さっきも言った通り、涼君が悪いんですよ」
曲山はオレの態度に、まるで呆れたかのように肩を落として溜め息をつく。そして、眉間に皺を浮かべ、語気を強くした。
「なんで……オレは悪くな……」
「ごめんなさい、こういうことでしか想いを伝えられなくて」
そう言って曲山はオレの襟袖を掴むと、勢いよく引っ張り上げた。その勢いで襟元のボタンが弾け飛び、シャツが脱げる。
「――……っ!」
「無しにしちゃうくらいだったら、何度だってしてあげますよ」
その囁きとともに、曲山は再び唇を寄せてくる。今度は、露わになったオレの首筋に――
「やめろ!」
我に帰るように声を上げ、飛び起きる。いつの間に眠っていたのか、薄暗い部屋の中でベッドの上に横になっており、少し離れたところにはカーテンから漏れる日差しが見える。
そのまま身体を起こすとそこはかとない倦怠感と、背中にじっとりと嫌な汗をかいているのを感じた。
夢か、と一人呟いて、再び枕へ突っ伏す。ひとまず夢で良かったと安心した。
だが、あれは夢ということは自覚できていたのにも関わらず、夢の中の曲山の言葉と表情が鮮明に蘇る。
「何だよ、オレが悪いって……」
そう呟き、自らの口元をなぞる。夢でキスされた唇の感触だけがやけにリアルで、あの時のことを否応なく思い出させられた。
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