―――どうしてこんなことになったんだろう。
湧き出てくる疑問を振り払うように、コビーは試合会場と化した海賊船の上に着地する。
自らの両手には大きなグローブ、そして頭には地毛を隠すように被ったカツラ。
そしてリングの周辺を囲むように、沢山の観客が一斉にこちらへ注目して歓声をあげる。
「やっちまえー!」「頑張れー!」
「オヤビンー! ぶっ飛ばせー!!」
その歓声の多くは自分に向けてではなく、反対コーナーの対戦相手に向けてのものだ。
そうして盛大な喝采を浴びた一人の男が、無駄に派手に登場しながら仰々しいほどの足取りでこちら側へ歩いてくる。
「フェッフェッフェ。小僧、せめて苦しまないように海に沈めてやる!」
その言葉を受けて、コビーは前方を睨みつける。
不敵に笑うその男の背後には、—――謎の覆面を付けられ、玉座に座らせられている相棒の姿が。
会場が熱気を帯びる中、相棒の叫びがこだまする。
「た、助けて、コビ……ルーシー!!」
◇
号砲が二発。鋭い音が周辺に響き渡ったかと思うと、島中に色とりどりの旗が並べられていく。ガーランドと呼ばれるそれは鮮やかな色彩を持ち、無味乾燥だった島をあっという間に覆いつくしていく。それと同時にだだっ広い砂浜の周辺には沢山のテントが張られ、露店や出し物がひっきりなしに並んで異常なほど賑やかな様子を見せていた。
まるでサーカスみたいだね。と笑う一般市民を尻目に、停泊している狐面の海賊船から花火が一つ上がり、これがサーカスなどではないことを証明している。
―――その賑わいから外れた場所でヘルメッポが壁にもたれかかっていると、両手いっぱいに露天の食べ物を抱えたコビーが戻ってきた。
「おい! それ海賊のもんだろ。よくそんなん食えるな……」
着くなり手元の焼きそばを食べ始めたコビーに、ヘルメッポが呆れたように呟く。
「ふぁっふぇ、あふぉこのごふぁんあんまりおいひくないひ 」
「食いながら喋るなよ。……付いてるぞ」
やれやれと言った様子でヘルメッポが頬についたソースを拭き取ると、「んん……」とコビーは目を瞑った。
「全く、潜入中だってのに緊張感ってもんがないのかお前は」
ヘルメッポは付いたソースを拭き取りながら、呆れ顔で呟いた。
―――よく見ると、二人はいつもの隊服ではなく簡素な上下とバンダナ姿。いわゆる海賊の船員の格好をしていた。現在は、情報収集のための潜入捜査中ということになる。
そうにも関わらず呑気に焼きそばを頬張っていたコビーは、ごくんとそれを飲み込んで反論した。
「でもさ、せっかくだし息抜きは必要でしょ? ……ヘルメッポさんもお腹すいてない? これとか甘くて美味しいよ」
そう言いながら、コビーは腰に差していたピンク色の綿あめを手に取って差し出した。
ヘルメッポはそれを見て、あからさまに怪訝な顔をした。
「いや、いーって」
「まあまあそう言わずに。はい、あーん」
ほらほらと半ば強引に差し出されて、ヘルメッポは観念したようにそれを一口だけ頬張った。
「……甘い」
「へへ、これで同罪だね」
コビーはその様子を見て、無邪気に笑った。
「しっかしまあ、これが噂のデービーバックファイトってやつか」
ヘルメッポはキョロキョロとあたりを見回しながらそう言った。―――古来の海賊島から伝わる海賊同士の決闘の儀らしい。ということは座学での知識としてあったが、ここまでの規模を以てして現代に再現する海賊がいるとは驚きだった。
宝ではなく、人員を奪い合う禁断の決闘。言葉だけ聞くと禍々しいが、その響きとは裏腹に辺りは楽しげな喧騒に包まれている。
「うん、初めて見た。というかこれって海軍的にはどうなんだろうね」
「一般人には迷惑かけてないみたいだし、なんとも言えないな……」
海賊の船員から風船をもらっている子供たちを眺めながら、ヘルメッポは続ける。
「それにしてもまさかここの船長が受けるとは思わなかったな……おれたちはまあ、この船じゃ下っ端だからまず選ばれねぇとは思うが」
―――そう、先ほどの号令は決闘の合図であり、その対象はコビーとヘルメッポが潜入していた海賊団の船長であった。つまりはこれから行われる決闘に参戦という形になる。
だが、船団の中でも決して有望な立場でもない、かつ懸賞金すらまともにかかっていない者にとってはこの祭りはただの賑やかしにしかならず、更にそれぞれの海賊船員たちに思い入れがあるわけでもないので二人にとっては全くもってどうでもいい話なのである。
頂上戦争の悍ましさに比べたら、はるかに緩い雰囲気だ。
そうしているうちに焼きそばを食べ終わったコビーが容器を片付けているとき、ヘルメッポがなにか気がついたように言葉を零した。
「あ! そうだお前さっきもマジもんの名前呼んでたぞ。ここではおれのことメッポって言えよ」
そう言ってヘルメッポは自分を指差した。今回は潜入捜査なのでお互いを偽名で呼び合うということになっているのだ。
「え、そうだっけごめん。……ぼくのことは?」
「……ルーシー」
「んふふ、正解」
知ってか知らずかその名を使うコビーは、名前を呼ばれて嬉しそうに微笑んでいた。
◇
「ちょっと……すいません! 通してください!」
たくさんの人混みをかき分けて、コビーはひとり前方へと進む。
決闘会場の観客席は立ち見客で溢れ、隙間になんとか割り込むようにして最前列へ顔を出した。
「はあ……はあっ……よし、ここだ!」
ようやく会場を見渡せる場所を陣取ったコビーの目線の先には、水上に浮かぶ浮島に刺さったフラッグを取り合う海賊たちがいた。現在はデービーバックファイトの二回戦中だ。
「ああっ、もう始まっちゃってる……あ、いた!」
そう言ってコビーは焦りながら会場を見渡すと、何かを見つけたように指を差した。その目線の先には―――必死にフラッグにしがみつくヘルメッポの姿があった。
それは数時間前のことだった。
『二回戦のメンバーに……おれが選ばれたぁ!?』
船に戻った先で船員から告げられた一言に、思わずヘルメッポが叫ぶ。
船長からの通達を伝えに来た船員は、面倒くさそうに頭を掻いた。
『そういうことだ。いやぁなんか船長さぁ……受けたはいいものの、なんか急に人員が惜しくなったらしくて』
『んなんありかよ!!』
ヘルメッポが思わずツッコんだが、船員は素知らぬ顔で冷静に返す。
『あ、ちなみに船長命令だから断るとかは無しだぞ。お前らはどんな命令でも身を粉にして働け』
『くそっ……』
『別にそんな難しいことじゃないだろう。……まあ、なんだ? 頑張れよ』
そう言って船員はその場を後にしてしまった。
『はぁ……面倒なことになっちまったぜ』
ヘルメッポがすっかり意気消沈していると―――先ほどから静かに見ていたコビーがすごすごと近づいてきて、優しくポンと肩を叩いた。
『……メッポ、どんまい』
『ちくしょぉ!!』
「心配になったから見に来たけれど……一応優勢……なのかな」
ぎゅうぎゅうの観客たちに揉まれながら、コビーは一人呟く。
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