【サンプル】英雄に祝福を

 

 海軍本部のとある一室。一人の青年が椅子に腰掛けながらため息をつく。
「認めねェ」
 プリンス・グルスの機嫌は、すこぶる悪かった。最近、どうにもこうにも虫唾が走ることばかりで反吐が出る。昨今の情勢もそうだが、何より我がSWORDに最近入隊した新入りたちのことが、どうしても気に入らないのだ。
 その新入り、コビーとヘルメッポの名は、ガープ中将をよく知る者であれば当然のように知れ渡っているだろう。東の海雑兵上がりのたたき上げで、ガープ中将のお気に入りだともっぱら噂されている。
 その時点でも大層に気に食わなかったのだが、それだけではない―――あのガープの「現在の」一番弟子であるあの小僧どもが、我が隊に入隊をかましてノコノコと目の前に現れた。という事実が、グルスを大変に苛立たせていた。
 ガープ中将と隣に並んで、指導を受けたかった。そのために力と確固たる地位を手に入れて、ようやく出会ったのに、当の本人からは弟子にしてもらえなかった。「中将は気まぐれなお人ですから」という慰めを周囲から受けたが、どうにも納得なんて出来るはずがなかった。
 軍艦バッグだって、許されるならいつだってやっていた。もしそれを中将に言っていたら『じゃあやってみろ。一撃でヘナクソになると思うがな、ぶわっはっは』と豪快に笑うだろうが。
 そんな気まぐれで、傲慢で、でも生ける伝説の彼の下に、ずっと居たかったのに。今目の前にいるのは、己の叶わぬ地位をいとも簡単に手に入れた奴らだというのだ。
 腹立たしい。今のグルスの頭の中は、その言葉で溢れていた。
 せめて素行不良であったのならお小言の一つや二つは言えるだろうが、あの小僧どもは、そんな世間様の風評や偏見も意に介さず、海軍に忠誠を尽くす真面目な海兵そのものなのだから尚のこと腹が立つ。ある種美徳とも言えるが、それが気に食わない人物もここにいるのだ。
「……」
 グルスは更に恨めしそうに手元のニュース・クーを広げ始めた。プロパガンダが張られており載っている真実のほうが少ないとされる悪名高き代物ではあるが、この全世界の中で機能している新聞社はここしかない。致し方なく開いたものではあるが、そこに載っているとある記事に眉をひそめる。
 元王下七武海である賞金首どもが結託し、「クロスギルド」という組織を結成したという記事だった。七武海亡き今、海賊同士でそのような結束を固めるのはある種当然のことだろうとは思ったのだが、それにおける活動内容のほうが問題であった。
 名の知れた海軍の将校たちに、海賊たちと同じように懸賞金を立てて陽動をかける。と記事には書かれていた。我々海軍の賞金首体制を使用した大変に悪趣味かつ狡猾な計画だ。
 もちろん、グルスにとっても到底赦せるものではない。海賊だけではなく、賞金目当てに一般人が海賊に寝返る可能性すら起こりうる。一般市民を護っていたはずなのに、その背中を刺されるかもしれないと考えると、一体正義は何処にあるのかと問いただしたくなる。
 だがそれよりも、それよりもだ。己の目の前ででかでかと描かれている賞金首の人物に、グルスは思わず目を剥いた。

〝REWARD コビー ★★★★★〟
 自分自身も含め、己の隊の隊員が狙われているという事実を飲み込むのに時間がかかったが、時が経つほどに冷静になれない自分もいた。決して良くはない話だが、コビーが自分よりも高々と記事に上げられていたことに対して引っかかる気持ちが抑えられない。
 ニュース・クーの記事を隅から隅まで見回し、もう一度最初から読み返す。何度見ても変わらない。もはや狙われていることはしょうがないにせよ、どうしてあの小僧が自分よりも目立っているのか理解ができない。
 やはりガープ中将の寵愛を受けた者だからなのか、と考えるだけで己の拳に力が入る。みっともないとはわかっていても、成し遂げられなかった己の願望に対する敗北感がどうにも拭えない。沸々と湧き上がるどうしようもない感情が、脳内を渦巻いていく。
 新聞を握りしめながらグルスが思案しているところに、ふとノックの音が響いた。振り向けばそこには件のコビーの姿があった。
「おう。見たか、コレ」
 燻る感情はひとまず置いておいて、新聞を指さしながら要件を端的に尋ねた。当のコビーも流石に面食らっているようで、唇を噛み締めたまま言葉を零した。
「そう……ですね。大変なことになってますね」
「えらい有名になったもんだな、お前も。あーあ、カネに困ったらお前を売り渡してやろーかな」
 多少の皮肉も織り交ぜつつ叩いた軽口に、コビーはなんとも言えない愛想笑いを浮かべて「冗談でも辞めてくださいよ」と静かに返した。
 こういうところも、癪に障る。
「ま、寝首掻かれんように気ィ付けろよ。ただでさえおめェはドのつくお人よし野郎なんだから」
 それだけ忠告するとグルスは新聞をゴミ箱に落とし、部屋を後にした。別にコイツとおんなじ空気を吸いたくないだの我儘を宣ってるわけではないが、この気持ちを整理する時間が欲しかったのだ。
「あの、少将」
 背後でコビーの声がする。
「何だ?」
「大丈夫です。ぼくは……SWORDの、足手まといになったりなんて、しませんから」
 苦虫をかみつぶしたような顔で、コビーは声を潜めて答えた。まるで自分にそう言い聞かせているかのようだった。
 そういう物言いをされると、どうにも引っかかる。
 やはりコイツは気に食わない。グルスは無意識に舌打ちした。

 コビーが海賊に攫われたという連絡を受けたのは、あれから数日後のことだった。先刻の女ヶ島でハンコックを捕縛する任務の際にトラブルに遭い、身柄を拘束されたとの連絡が入った。
 何やってんだほら言わんこっちゃない。と当初は呆れ果てて声も出なかったのだが、どうやら伝聞している情報とはまるっきり違うようで、とある海兵が涙ながらに教えてくれた。

【続きは書籍で】

英雄に祝福を
コビーとSWORD隊員(隊長含)の一人ひとりにスポットを当てた短編集。CP無しと銘打っていますが約数名重めの感情と片思い描写はあります。後半はガープとコビーの「強さ」に纏わる話と囲碁をする話です。

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