【サンプル】初恋は打ち切られました

 

 初恋は、大抵実らないもの。と世間ではよく言われている。
 でもぼくは、自分には当てはまらないものだと思い込んでいた。―――まあ、この手の話ではよくある思い込みなのかもしれない。
 だって、他に懇意な人が居るわけでもなさそうだったし、なによりぼくたちは海軍に入ってからずっと一緒に過ごしていて。辛いことも悲しいことも分かち合って、切磋琢磨して乗り越えてきた唯一無二の存在で。
 そんなぼくたちだからこそ、友達以上の関係も受け入れてくれると思ったんだ。
 だけども。

「はあ? おれ様が好きだって!? 無い無い無い!!」
 それがぼくがヘルメッポさんに放った告白の―――開口一番に放たれた言葉だった。

 コビーの告白。
 この一連の出来事は、彼らが雑用兵だった頃に遡る。
 モーガンの護送船の一件から二人は互いにかけがえのない存在となり、本部所属となった今でもその友情は変わらずに過ごしていた。
 しかし、常に隣りにいる日々を過ごしていくうちに友情を超えた感情を抱えてしまったコビーは、どうしても自らの想いを秘めたままにすることができず―――ある日、人気のない倉庫へとヘルメッポを呼び出したのだ。
「ヘルメッポさん……ぼく、好きなんです。友達じゃなく……恋人として」
 今思い返してみたら、場所や言葉が悪かったような気がする。コビーはそう思っていた。
 本部所属とはいえ雑用兵の入れる場所など限られている。―――選ばれた倉庫は薄暗くて汚いし、陽気な元海軍大尉のように船上レストランでプレイボーイに愛の言葉を囁くわけでも、何か喜ぶようなプレゼントを差し出したわけでもない。コビーはただただ純朴に、埃臭い倉庫の中で自らの感情をそのまま伝えただけだ。
 実際にもう少し魅力的な愛のプロポーズをしたことでヘルメッポの拒否の言葉が覆ったかどうかはわからないが、場所とシチュエーションに限って言えばもう少しやりようがあった、とは思う。
 だが、それでもヘルメッポは自らの気持ちだけでも受け入れてくれると信じていた。男同士であまり前例はないかもしれないけれども、これまで過ごしてきた仲もあるし、何よりヘルメッポも悪態はつけど心根は優しい人間だということをコビーは十分に理解していたからだ。
 しかし、その期待は冒頭の発言により―――見事に裏切られてしまったのだった。

「おれ様がお前と!? いやいや、ナイナイ。ありえねえ」
 ヘルメッポは手をぶんぶんと振り、コビーの告白を改めて全否定した。
 その言葉には、配慮や優しさは微塵も感じられない。
「あ……」
 鮮烈な言葉を受けてショックで黙りこくったコビーを見やると、ヘルメッポは突然思い立ったようにずんずんと目の前まで歩み寄り、ぐわっと肩を掴んだ。
「ひやっ!?」
 突然掴まれ―――触られて頬を染めるコビーに構わずに、ヘルメッポは顔を青くして言い放った。
「あのなあコビー、お前男所帯で過ごしてるからおかしくなってんだよ。まやかしだそんなの」
「ま、まやかし……」
「うん、そうだ。えらーくなったらいい店紹介してやるから。それでいいだろ?」
 掴んでいた肩をポンポンと叩きながらヘルメッポはそう言い放った。
 コビーはその言葉を聞いて、心臓が縮こまるような感覚を覚えた。あまりにも平然と言い放たれた自分の想いがまやかしだという発言。いい店という言葉の真意。
 それの意味することは、恋愛事情に疎いコビーでもすぐに理解することができた。
「……」
「……どうした?」
 黙りこくって口を尖らせるコビーを、ヘルメッポは不思議そうに見つめる。
 次第にコビーはわなわなと肩を震わせて、ポタリ、と地面に涙を落とした。
「ヘルメッポさんのバカ!!」
「ぶべらっ!!」
 コビーは肩に置かれていた手を振り払い、思わずヘルメッポにゲンコツをかましていた。
 いきなり殴られてビックリして頬を抑えるヘルメッポに対して、コビーは目に涙を溜めながらキッと睨みつけた。
「……ヘルメッポさんがそんな薄情だなんて知りませんでした! もう知りません!」
 コビーはそう言い放つと、そのまま逃げるように倉庫から出ていった。
「ま、待てよコビー! ……何言ってんだアイツ……」
 一人取り残されたヘルメッポは、コビーが走り去った方向を見ながら呆然と立ち尽くしていた。
―――そうしてコビーの淡い初恋は、ヘルメッポの言葉とともに早々に打ち砕かれたのだった。

 さて、そこから少し時間が経って。
 階級の上がったコビーとヘルメッポは、本部の雑用任務から解放されて前線へと向かうようになった。世界の様態も変わり、時代のうねりとともに大海賊時代の渦に呑まれた海軍は未だ人員不足に喘いでいる。その中でもコビーやヘルメッポのような若い世代は非常に貴重であり、徐々に新勢力としての力をつけお互い活躍の場を広げていた。
―――件の告白から多少なりとも二人の間柄は気まずくなるかと思いきや、案外そうではなかった。もちろん告白してから数日は顔も合わせるのも辛かったのだが、会わないように異動をかけあうほどの立場にもあらず配属はそのままで時は進んでいった。そうしているうちに時間が解決するとはまさにその通りで、次第に二人は普段通りの友達もとい相棒の関係に戻っていった。
 そもそも、そんなことを考える暇すら最近は失っていたのかもしれない。

「ヘルメッポさん、そろそろ船から出ないと置いてかれるよ」
 軍艦内の部屋扉から、コビーがひょっこりと顔を出した。―――トレードマークだった眼鏡を額に乗せ、以前の弱気な姿とは違う精悍な顔つきになったコビーが、大佐の象徴である海軍コートをはためかせて部屋の中にいるヘルメッポへと声をかけた。
「ああ、ちょっと待っててくれ。……あったあった」
 呼びかけられたヘルメッポは、何かを探しているようにベッドの下へと頭を突っ込んでいた。―――ぱっつんヘアーだった髪を肩まで伸ばし、以前より立派になった体躯を折り曲げながら奥の方へと手を伸ばしている。そのうちようやく見つけたようにぱっと頭をあげると、そのままベッドの下から這い出してきた。その手にはいつも付けている髪留めが握られており、鏡の前に立つとヘルメッポは慣れた手つきで自らの長髪を括り始めた。
「いっつも思うけど、なんで髪全部括らないの?」
 一連の流れを見ていたコビーが、呆れたように言葉を零す。その言葉の通りヘルメッポは前髪ごと纏めて後頭部で止め、襟足はいつもそのままにするヘアスタイルにしていた。
「バッカ言え、これがオシャレってもんよ」
 そう言い得意げに鼻を鳴らすヘルメッポに、コビーは肩をすくめながら答えた。
「伸ばすのは良いけどさー、コレ絶対相手に掴まれたら終わりじゃん」
 コビーはそう言いながらスッと背後に立ち、ヘルメッポの髪留めを奪った。前髪が垂れ下がり再び素の髪に戻ったヘルメッポに、容赦なく指を入れて髪をいたずらにかき乱す。
「うわ馬鹿やめろ! あーあーせっかくセットしたのに」
「へへ、……先行ってるよ! ほら早く早く!」
 乱れた髪のまま嘆くヘルメッポに対して、コビーは悪戯っぽく笑いながら背中をバシンと叩き、逃げるように出ていった。
「うるせー」
 一人部屋に残されたヘルメッポはそう呟きながら、ぐしゃぐしゃに乱された前髪をかき上げて目の前の鏡を見る。
 そこには、―――異様なほどに赤く染まった顔の自分がいた。
「…………くそっ!!」
 己の頭をかきむしるように手を当てると、そのまま鏡から目を背けてヘルメッポは部屋を飛び出した。
……そう、この男、現在の様子がおかしいのと同時に―――過去に放った己の発言を、完全に後悔しているのである。

 告白を断った時、浅はかで不用意な発言だったとヘルメッポが気がつくまでそう時間はかからなかった。あの時に思っていたことは本心であれど、コビーが傷ついてしまったことには変わりはない。
 改めて謝罪の場を設けようとも思っていたが、その頃にはコビーはすっかりいつも通りの態度に戻っており、言うタイミングを完全に逃してしまっていたのだ。
 その頃からだっただろうか。ヘルメッポが少しずつコビーに惹かれていったのは。
 告白なんてまるでなかったかのように振る舞うコビーに対し、ヘルメッポはなんとも言えない感情を抱いていた。しかし、段々とそうしているうちにその感情は大きくなり、それと同時に彼を見る己の視線も以前と異なってきていることにヘルメッポは気がついた。
 そして、コビーのことが気になって仕方がない自分に気がついた時、ヘルメッポはようやく自分の感情の正体に思い至ったのだ。
―――だが、今更それに気がついたとしても、もう遅い。過去の己の後悔や罪悪感が邪魔して、その想いを口にすることが出来ない。
 ヘルメッポは結局今の今まで、目の前で正義を背負いコートをはためかせるコビーをただ見つめることしか出来なかったのだ。

 軍艦が降り立った先は、何もない無人島だった。
 誘拐された要人の取引がここで行われると情報が入ったので、海軍は先回りをして動向を見守るということになった。
 今回の要件は護衛と護送、取引不成立の場合は―――武力をもって斡旋ということになる。
「A班、例の場所に係留完了したと報告がありました。ぼくたちB班は、予定通り本島の取引場所の見える位置に待機ということになりますね」
 コビーが電伝虫の通信を受け、目の前のヘルメッポと部下たちへ告げる。
 ヘルメッポは静かに頷き、続きの言葉を放った。
「当日までには一晩はかかるだろう。艦は隠れるところに置いておかないといけないから……まあつまり……おれたちは今日は野営だな」
「えー!」
「文句言うなよ。事前に言ってただろうが」
 貧乏くじを引かされたと嘆くB班の面々をヘルメッポが一喝すると、部下たちはすごすごと持ち場へ戻り野営の準備を始めた。
 物資を乗せた小舟が砂浜へ到着し、次々に陸へと運ばれていく。監視がてらヘルメッポがその様子を眺めていると、ちょいちょいと自らの袖が引っ張られる感覚がしたので振り返った。
「ヘルメッポさん、これなんですが」
 すると視線の先に居たコビーが、両手に寝袋を抱えながらヘルメッポを見上げていた。
 手元の寝袋をよく見ると、何かの拍子で破けたのか中の綿がはみ出ている。
「ありゃ、破けてんのか。予備はあるか?」
「それが無いみたいで……誰かに代わってもらうのも悪いし、一日だけだしぼくが使おうかなって」
 そう提案するコビーに対して、フンと鼻を鳴らしながらヘルメッポは腕を組んだ。
「ソンな役回りだな。そんなん、誰かに渡しときゃいいのに」
「そういうわけにはいかないよ。……せめて、みんなにしっかり寝てもらわないと」
 そう言いながらコビーは寝袋をくるくると畳み、自分の持ち場へと戻っていった。
「……わかった」
 小さく頷くと、ヘルメッポはコビーの背中から視線を外した。

 その夜。
 すっかり暗くなった無人島は静寂に包まれ、聞こえるのは波の音だけとなっていた。
 海兵たちは見張りを数名残して、みな寝静まっている。
「ん……」
 ヘルメッポが一人眠っていると、突然、寝袋の中が苦しくなった。―――近くの枝にでもひっかけたかな、と思って身を捩らせて目を開けると、そこにはコビーの姿があった。
 隊服を脱いで就寝用の軽装になったコビーは、ヘルメッポの寝袋の中に器用に入り込んで身体を抱き寄せるような姿勢になっていた。
 ヘルメッポの目線に気が付いたコビーは、少し照れくさそうに笑う。
「あ、起こしちゃった?」
「……何やってんだよお前」

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初恋は打ち切られました
コビヘル小説短編集です。原作軸で全年齢向けの二人のお話です。雑用時代のとある夜「或る夜のこと」、一度フッたはずなのにフッたほうがモヤモヤする話「初恋は打ち切られました」、デービーバックファイトに巻き込

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