初詣の話

 

「ねぇ、今年は初詣無しにしない?」
 歳末も差し迫る12月、美子が突然話を切り出した。

「うちらもう大学生じゃん、もうみんなで願うことなんてないじゃない? みんな家の都合もあるだろうし、咲のことだって……」
「まあ、咲ちゃんもあとは退院を待つだけだしね。ほんと皆ありがとね」
「……いや別に。オレはまぁどちらでも……」
「退院したときはなんかしら集まりたいけどね。咲はどうしてるの?」
「別にいつも通りだよ。初詣もいつか実理さん誘って二人でいきたいんだって」
「ああ……アイツらしいな」
 舞と壬もそう言って同調していたので
「ま、まあ皆が言うなら……」
 こうして、元日にいつもの神社へ集まる4人の恒例行事はひっそりと終わりを告げた。

◇◇◇

 というわけで、年始早々一気に暇になってしまった。
 初売りだの福袋だので母親は運転手の父とともに駅前のデパートへ向かってしまったので、今は家にオレ一人だ。
 せっかくの元日だしゲームやら本やら課題やらなにかをすれば良いのだが、あいつらと毎年行っていた恒例行事がなくなって少し胸のうちに穴が空いたような気分になって、何もやる気がしなかった。
ーー少し、気分転換するか。
 オレはつけっぱなしのTVを消して、上着を羽織って玄関へと向かった。

 外は活気に満ちていたが、間をすり抜ける隙間風はまだ寒い。手袋を忘れてしまったので、上着のポケットに手を突っ込みながらただ当てもなく歩いていた。
 しばらくは景色を見ながら歩いていたが、次第に冷えが回ってきたので屋内へ行くために通行人の向かう方向へ自らも歩き出す。
 するとその順路の近くには、毎年初詣に来ていた神社がいつものように鎮座していた。

 昼過ぎだったのでいわゆるピークは過ぎており人はまばらにしかいない。しかしそれでもいつもの閑散としてる雰囲気はなく毎年一度の活気を見せていた。
 結局ここしかいくところないか。でも、一人でも初詣であることは変わりないしな、と一人で言い訳しながらオレは神社へと足を運んだ。

「金井淵君?」
 境内に足を踏み入れた瞬間、自らを呼ぶ聞き覚えのある声に反応し振り返ると、曲山クリストファー晴海が満面の笑みで背後に立っていた。
 ……最悪だ……。
 狭い市内だから、知り合いと鉢合わせすることはある程度予想できていた。なんならそのついでに飯でも行こうかと思っていたほどだ。
ーーだが、正直年始早々出会うのはコイツだとは思わなかった。
「曲山か……」
「やっぱり金井淵君ですよね!あれ?今日はご友人さんは?」
 遠慮なしに聞いてくる曲山に対し、オレははぁとため息をついた。
「もうみんな個々で行くことにしたんだよ。まさか新年早々お前と会うとは思ってなかったな」
「じゃあ一人ってことですか?ボクもたまたま一人なんで、せっかくだから一緒に回りましょうよ!」
「まだ一人とはいってないだろ!」
「え?じゃあ、どうなんですか……?」
「ま、まあ……待ち合わせとかはしてないけど……」
「じゃあやっぱり一緒に回りましょ!参拝からですよね!」
 ちょっと待てと抵抗する暇もなく、ほらほらと服の袖を引っ張られてオレは神社の本堂へと連れられてしまった。

 ガランと鈴を鳴らし、手を合わせる。最近は礼の作法の看板があるからわかりやすいですね、といいながら曲山はそっと祈るような仕草をみせたので自分も同じように目を瞑った。
「何願ったんですか?」
 階段を降りた曲山が尋ねてきた。
「お前と鉢合わせしないように願った」
「ええ!?ひどい!」
「冗談だ。でもお前には教えねえよ」
 教えるわけがない、と一人つぶやきながら、少し不満そうに口を尖らせる曲山を眺めていた。

 本堂から離れると、御守りや絵馬が売られている売店が目に入る。その端には赤い御籤が置いてあった。
「そうだ、一緒におみくじもしましょう!」
 当然のようにやろうとする曲山を横目に、オレは首を横に振った。
「そういうのは興味ない」
「えー、奢るので一緒にやりましょうよ!」
「それはもっと嫌だ!100円程度で貸しを作られてたまるか!」
 しょうがない、わかったよとつぶやき、仕方なく100円玉を取り出した。

「やったー大吉だ!金井淵君は何出ました?」
 大吉が出て喜んでる曲山を無視して、自分の御籤を早速結んだ。
「は、はやい!なんで早々に結んじゃうんですか?」
「……言いたくない」
 あまり自分の運勢を御籤如きに左右されたくなかったので、大吉、曲山以上の運勢ではないことを確認した直後に境内に結ぶことにした。なので内容は確認していない。
 ……だが、待ち人来るとは書かれていた気がしたので、それだけを見て安心していた。
「そっかぁ、でも、結んだからもう安心ですね。いいこと起きますよ!」
「……うるさい」

「大体こんな感じですかねー、あ、御守りとか買います?」
「いや、もうそれ以上はやる気ないか……ら……ックシュン!」
 寒さが迫ってきていたのか、思わずくしゃみをしてしまった。
「んふふ」
 それをきいた曲山が、ふふ、と笑みを浮かべた。
「何笑ってんだよ」
「可愛いくしゃみだなって」
「うるさい、寒いんだよ」
 若干の気恥ずかしさを感じながら、オレはポケットに手を突っ込んだ。
「あ!カイロありますよ」
 そういって曲山は自分が使っていたであろう使い捨てカイロを取り出した。
 ほら、と差し出された使い捨てカイロを手に取ると、曲山はそのままオレの手を包むように両手で握った。
「何すんだよ」
 咄嗟に曲山の手を離そうとするが、離されても再び包まれ、抵抗虚しくあれよあれよという間に曲山の手中に収まってしまった。
「こうしてしばらくすると温かいですよ」
 ……なんだか、ずっとコイツのペースに飲まれてるな。
 そう思いつつも、悪気なくオレを見つめる曲山の視線と、直に伝わる手の体温で、オレはたしかに温もりを感じていた。

◇◇◇

「ウチらも結局来ちゃったし、涼も来るかもと思って探してみたら……」
「なんかお取り込み中……?」
「……まさか涼にも一緒に行きたいやつがいたとはな」
 そういいながら神社の境内で、手を取り合っている二人を見つめる約三名。
 この件がまた一波乱を生み出すのは、また別のお話。

 

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