それはまるで遠い過去のような、それでいてつい昨日のことのような、淡い記憶。まだ自分が若輩者で、弱虫で泣き虫で。自分の想いを素直に伝えることが出来なかったあの頃のことをよく憶えている。
「ん」
「どうしたの?」
 まだ新兵だった冬島での待機時間。いつものように隣にいたヘルメッポさんが、ぼくの前にボトルを差し出してきた。
「さっきの奴から気付けにくれたんだが、甘ったるくて飲めたもんじゃねェ」
 ヘルメッポさんはそう言うとキャップを乱雑に取り去って中の液体を揺らした。すると、確かに湯気の中に甘ったるいような匂いが鼻を掠めていった。
 お酒だろうか、と一瞬考えたが少し違う。きっとこの島特有の甘味を使用した嗜好品のようなものだろう。
「せっかく作ってくれたのに失礼だよ」
「いいから。こういうときに助け合いだろ?」
 ……助け合いって、そういう意味じゃないと思うけどな。と心の中で突っ込みつつも、ぼくは手渡されたボトルを素直に受け取って一口飲んだ。
 甘い。確かにちょっと癖はあるけど、それよりもこの寒さの中じんわりと染み渡る温かさが心地よい。厳しい環境の中でも仲間たちと暖炉で温まったあのときのような、そんな懐かしさが湧き上がるようだった。
 だけどそれよりなにより、気になることが一つ。
「へ……ヘルメッポさん……これ、本当に飲んだんですか?」
「ああ? 飲んだぞ」
 そう言うとヘルメッポさんは怪訝そうな表情をして、首を傾げる。そう、飲んだということはそういうことだ。ぼくはヘルメッポさんが口を付けたそのボトルをまじまじと見つめて思わず固まってしまった。
 あまりに自然に、何となしに受け取ってしまったけど、どう見てもこれは間接キスだ。——今更そういうの気にするのか? というヘルメッポさんの声が脳内に再生されるが、意識しないようにと考えれば考えるほどそのことが頭から離れなくなってしまう。
(って何だ何だ何だァーッ!! これじゃまるで変態みたいじゃないか!!)
 ぼくは邪な感情を必死で振り払い、思わずボトルをヘルメッポさんに突き返した。
 しかしそんなぼくの葛藤など露知らず。飲み物のせいかなんなのかわからないほどに熱くなったぼくをよそに、ヘルメッポさんは「まだ残ってんじゃねェか」と平然とした様子で残りの飲み物をぐびりと飲み干す。
 その瞬間、ぼくの喉が鳴った。脳裏によぎったのは先程の光景だった。さきほどはぼくの唇が、ボトルに口を付けたのだ。そして今また、ヘルメッポさんはその唇を潤している。つまりは双方間接キスということになる。
 きっと無意識にしているのだろうとは思うけど、それでも高鳴る気持ちは抑えられない。
「やっぱ甘ェな、ひぇっひぇっひぇっ」
 苦いような、照れてるような笑みを浮かべるその顔から――そのときのぼくは、どうしても目を逸らすことができなかった。

 

 

*【コビヘル語り】まだ想いが通じ合っていない頃、ふとしたことで間接キスした時の2人の反応について語りましょう。*

 1191字

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!