雨の匂いがした。
 それを感知した途端あっという間に地表に雨垂れが降り注ぎ、周囲の人々は軒先へと足を早める。人混みに塗れていた港は一変し、任務により待機していた彼ら二人だけが取り残された。降りしきる雨をものともせず、ヘルメッポは背筋を伸ばし、濡れた石畳を見据えながら周囲に鋭い視線を巡らせる。水を含んだ軍帽は重く、まるで人ならざる者に纏わりつかれたかのように頭に沈む。その感覚に少しばかり閉口しつつも、帽子が頭を守ってくれているおかげか水滴は表面を撫でるばかりだ。
 じきに止むだろうと高を括って微動だにしなかったのだが、ふと横を向けば――すっかり雨晒しに遭っているコビーの横顔が見えた。軍帽も無く、バンダナで押さえただけの髪は水を吸って重く垂れ下がり、額の眼鏡がずるりと滑り落ちる。
 これでは、視界などあってないようなものだ。当人は気にしていないようだが、端から見たら到底見ていられない。
「……コビー」
 任務は後にして、自分らも一旦軒先に行こうか。と声をかけようとしたその時だった。
「えいっ」
 軽い掛け声と共に、コビーの手がひょいと伸びる。
 気がついた時には、濡れて重たげに沈んでいた軍帽が頭からふわりと奪い去られていた。
「ちょ、返せって!」
 思わず声を荒げると、コビーは濡れ髪を振り払いながら得意げに帽子を被り直す。
「これでちょっとマシかなって」
「……そしたらおれのほうがビショビショなんだが」
 ヘルメッポは呆れたようにため息をつく。気を遣って損したと言わんばかりの口ぶりだ。
「ご、ごめん……でも、なんだか羨ましくて」
 コビーは照れ隠しのように笑いながら、帽子の鍔を両手で持ち上げる。
 その仕草のまま、ふいに彼の顔の前へと差し出した。

 雨の帳の下、帽子で口元を隠すようにしてこっそりと唇が重なる。
 ヘルメッポは虚を突かれたように目を瞬かせ、そのうち呆れたように濡れた眉を顰めた。
 しかし帽子の陰で触れ合う柔らかさを拒むこともできず、肩を落として彼の唇を受け止めた。
「……こんなとこでやることかよ」
 そうぼやく声は低く、それでいてどこか甘さを孕んでいる。周囲に見られたら、と思うと気が気でないが、幸運なことに今は誰もいない。
 そのうち不意にサングラスも奪われ、コビーの瞳がハッキリと映る。悪戯そうに細められた瞳は、濡れてもなお綺麗で思わず目を奪われる。
 これもまた、惚れた弱みなんだろうな。
 ヘルメッポはそう諦め混じりに思いながら、仄かに熱を孕むコビーの背に腕を回した。

 

 

 

*お題無し、1017字*

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